プロフェッショナル「新型コロナ治療、最前線の闘い~集中治療医・竹田晋浩~」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

プロフェッショナル「新型コロナ治療、最前線の闘い~集中治療医・竹田晋浩~」[解][字]

この夏、感染爆発の裏で何が起きていたのか?新型コロナの重症患者の治療で“最後の切り札”とされる人工肺「エクモ」のエキスパートに密着。命を守る闘い、40日の記録。

番組内容
7月8日午後2時。新型コロナウイルスと闘う最前線の現場、レッドゾーンと呼ばれる重症患者の集中治療室で撮影を始めた。現場を率いるのは集中治療医・竹田晋浩(61)。コロナ治療の“最後の切り札”と言われる体外式膜型人工肺「エクモ」による治療の第一人者で、日本のエクモ治療の生存率を世界トップレベルに引き上げた立て役者だ。この夏、感染爆発の裏で何が起きていたのか?私たちの命を守るための闘い、40日の記録。
出演者
【出演】集中治療医…竹田晋浩,京都大学iPS細胞研究所所長…山中伸弥,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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NHK
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カメラを回し始めたのは
7月8日 午後2時。

私たちは 新型コロナウイルスと闘う
最前線の現場に入った。

そこは レッドゾーンと呼ばれる
重症患者の集中治療室。

最初に目にしたのは

一命を取り留め 1か月ぶりに再会した
患者と家族の姿だった。

この現場を率いるのは
集中治療のスペシャリスト…

竹田は コロナ治療の
「最後の切り札」と言われる

人工肺「ECMO」による
治療の第一人者だ。

この夏 感染爆発の裏で
何が起きていたのか。

「現実を知ってほしい」と
取材を受け入れてくれた現場。

私たちの命を 守るための闘い。

40日の記録。

(かしわ手)

♬~

取材3日目の7月10日。

今思えば このころは
まだ平穏な方だった。

(取材者)おはようございます。
おはようございます。

(取材者)今日は よろしくお願いします。
お願いしま~す。

竹田は この病院の院長兼
集中治療医として

新型コロナの重症患者を受け入れている。

竹田には 20年以上続く
朝のルーティーンがある。

(かしわ手)

もう一つの日課は
新型コロナの感染者数のチェックだ。

私たちが取材を始めたのは

この夏の感染爆発が始まる
まさに直前のことだった。

竹田は 去年3月

日本で感染が広がる前に いち早く
新型コロナの集中治療室を新設した。

集中治療室は
3つのエリアに
分かれている。

医師や看護師が常駐し
治療の準備などをする

グリーンとイエローのゾーン。

そして 防護具の着用が必須の
レッドゾーンに重症患者のベッドがある。

この日の段階では
8床のうち3床が使われていた。

しかし 7月20日。

開けま~す。

午後12時半。

別の病院に入院し 容体が急変した
重症患者が 担ぎ込まれた。

1・2の3!

すぐに竹田もレッドゾーンに入り
容体を診る。

通常は 96%以上ある血中酸素濃度が
78%にまで低下していた。

竹田は どんな状況でも 冷静沈着。

患者は重い肺炎を起こし
肺の機能が低下していた。

人工呼吸器をつけて様子を見る。

その3時間後。

重症患者が もう1人 搬送されてきた。

1・2の3! よし!

30代の男性 山崎さん。

肺の状態は 1人目の患者よりも
更に悪そうだった。

すぐに竹田は レントゲン画像を確認する。

肺炎が起きていることを示す
白い影が

右肺を中心に 急激に広がっていた。

この患者は 人工呼吸器だけでは
助からない危険があると

竹田は判断した。

肺の機能が極度に低下した患者への
最後の切り札となるのが

人工肺 「エクモ」だ。

まず首の静脈に管を入れ
血液を取り出す。

そして エクモの中で
二酸化炭素を除去し

酸素を供給。

その血液を
太ももから体内に戻す。

こうして エクモに
肺の役割をさせ

肺の機能が回復する
時間をつくる。

竹田が 患者の血管に管を入れる作業に
取りかかった。

まず針を刺し
管を入れる静脈の位置を確認する。

エクモ治療では
血液が固まるのを防ぐ薬を投与するため

少しの傷でも血が止まらず
命取りになりかねない。

血管を傷つけないよう
最初に細いワイヤーを入れる。

それに沿って 少しずつ段階的に
太い管を入れていく。

通常 2.7mmの管から始めることが多いが

竹田は 慎重を期し

より細い2mmから始める。

大切にしていることが ある。

万一を想定し 小さなことを積み重ねる
姿勢は 作業の随所に見られる。

(竹田)よし。

皮膚や脂肪が硬く 管が入りづらい場合。

竹田は 一旦戻して
入り口を僅かに切り 丁寧に入れ直す。

より太い管を入れるときも。

血管を傷つけないよう 念には念を入れる。

最後に 最も太い7mmの管に取りかかる。

作業開始から11分。

(竹田)よし。

無事に入った。

え~っと 50の生食。

管をエクモにつなげる。

血液が 巡り始めた。

翌日。

実は エクモ治療の成否は
ここからの日々の管理に かかっている。

竹田は 定期的にCT画像を撮り
肺の状態を確認する。

白い部分は 肺炎が
起こったところ。

胸側より 背中側が
悪化する

コロナに特徴的な
症状が出ていた。

竹田たちは 背中側の悪化を抑えるため

患者をうつぶせにする
「腹臥位療法」を行う。

エクモの管は 体につながった状態。

絶対に抜けないよう
慎重に体の向きを変えていく。

1・2の3!

1・2の3! よし。

もうちょっと。

1・2… よし。

コロナとの闘いは 総力戦だ。

♬~

エクモ治療を始めて9日。

連日 24時間体制で
患者の管理が行われていた。

血液の流れる量や管にかかる圧力など

およそ10項目のデータを
1時間ごとにチェックする。

更に 臨床工学技士も加わり

血の塊 「血栓」ができていないかを
入念に確認する。

もし血栓を見逃せば エクモの中で詰まり
最悪 止まってしまう可能性もある。

竹田は こうしたチームによる管理を
日本に導入したパイオニア。

エクモ治療の生存率を およそ8割と

世界トップクラスに引き上げた
立て役者だ。

全国の一日の
感染者数が
1万人を超えた。

(竹田)ああ先生 すみません
お忙しいところ。

こんにちは。
ありがとうございます。

恐らく…

この日 竹田は 首都圏での感染急拡大に
対処しようと動いた。

自ら立ち上げた
全国の医師たちとのネットワーク

「日本ECMOnet」のメンバーに
応援を呼びかけた。

竹田は 去年1月
未知のウイルス発生のニュースを知るや

すぐに協力体制をつくり
こうした事態に備えてきた。

中でも竹田が重視しているのは

医師の間で
4, 000以上の症例を共有するなど

情報をオープンにすることだ。

毎日の重症患者の数などは
一般にも公開している。

♬~

7月末。

11日前に搬送されてきた あの重症患者が
エクモを外せることになった。

人工呼吸器はまだ必要だが
肺が回復し始め

自分で少し呼吸ができるようになった。

(竹田)じゃあ いきますよ。
はい。

カニューレの回収を。

山崎さんは 峠を越したかに見えた。

でも竹田さんは 気を緩めていなかった。

気の抜けない集中治療医という仕事を
竹田さんが始めたのは

30歳の時だった。

しかし それでもなお
救えない命もあるのが

集中治療という現場だった。

つまり…

(竹田)その中で…

そんな現場で19年。

2009年7月のことだった。

イギリスで
新型インフルエンザの集団感染が発生。

1週間で10万人もの感染者が出る中
一本の連絡が入った。

イギリスに留学中の長女からだった。

幸い 長女は重症化を免れたが

竹田さんは
未知のウイルスの怖さを味わった。

新型インフルエンザの治療について
調べ始め 行き着いたのが

人工肺 エクモだった。

しかし当時 日本では
エクモ治療の生存率は低く

あまり活用されていなかった。

そこで竹田さんは 世界の最先端だった
スウェーデン カロリンスカ研究所まで

技術を学びに行った。

エクモ治療の鍵は
日々のきめ細かな管理と

それを可能にするチーム力にあった。

竹田さんは 母校の大学に
日本初のエクモ専門部署を立ち上げ

最高峰のチームを構築した。

更に 日本中を駆け回って講習会を開き
最新の知見を惜しまず伝え続けた。

そして 2016年。

日本のエクモ治療の生存率は
それまでの2倍以上

79%に跳ね上がった。

それから4年後。

図らずも 新型コロナが日本を襲った。

今 竹田さんが普及させてきた
エクモ治療は

全国の重症患者を救う
「最後の切り札」となっている。

8月2日のことだった。

(一同)おはようございます。

はい 以上です。
(一同)お願いします。

現在 集中治療室にいる患者は5人。

この夏を乗り切れるか。

まさに正念場を迎えた。

翌日 新たな重症患者が運ばれてきた。

これで8床あるベッドのうち
6床までが埋まった。

その翌日。

7月末にエクモを外した重症患者
山崎さんの容体が悪化していた。

更に その2日後。

夜のうちに相次いで
2人の重症患者が運び込まれ

ついに8床全てが埋まった。

一方 容体が悪化していた山崎さん。

出血は止まったものの
また別の問題が起きた。

少しずつできていた自力での呼吸が
うまくできなくなっていた。

(鳥の鳴き声)

(かしわ手)

そして8月10日 朝6時。

ついに…。

ここ数日 埼玉県内の重症患者が急増。

竹田の病院にも どうしても
受け入れてほしいという要請が入った。

竹田は満床の集中治療室に
急きょ3人分のベッドを追加。

スタッフの業務量を増やすことで
なんとか受け入れることができた。

同時に竹田は
今後の事態に備え 手を打った。

☎(呼び出し音)

集中治療室をもっと増やす。

その工事に踏み切り

人工呼吸器などの機械や
人員の手配も始めた。

更に 緊急の対策も講じる。

はい できます。

容体が安定した患者には
PCR検査を行い

陰性であれば
一般病棟に移すことにした。

明日以降 新たな重症患者を
受け入れられるめどをつけた。

その時。

(ノック)
はい。

緊急を要する重症患者を
今日 受け入れる手だてがないかという。

竹田は 受け入れ態勢を
今すぐ整えると決断した。

竹田の指示に従い
スタッフ総出で患者を移動し

集中治療室を空ける。

1人の重症患者の受け入れが かなった。

ありがとう。

♬~

(竹田)はい いいよ。
(男性)じゃ 回します。

(男性)今 3リッターです。

午後5時 竹田は新たな重症患者に
エクモをつけ終えた。

(取材者)お疲れさまでした。
はい。

今日一日のベストを尽くした竹田。

帰宅の途に就いたのは
午後11時のことだった。

6日後。

お盆の間も 竹田が休むことはなかった。

場所と機械と人を確保し

集中治療室を
8床から16床に増やすことができた。

同じ日。

竹田は 一人の患者のもとに向かった。

容体がなかなか安定しなかった 山崎さん。

ついに 人工呼吸器を外すことができた。

あぁ…。
あ~ そうそう!
いいですね いいですね。

よかった。 お疲れさまでした。

(笑い声)

まだ話せない山崎さんが
必死に手を動かし始めた。

♬~(主題歌)

(竹田)お母さんにメールして
LINEしといてあげて。

これ外れたって… ね。

喉の管 外れたから。

(笑い声)

(竹田)グッド!

よし! じゃあ もう一息 頑張ってね~。

(笑い声)

よし いいでしょう。

♬~

今 この時も。

私たちの命を救うために
最前線で闘っている人たちが いる。

♬~

どんな時でも
いつもと同じ行動がとれると。

いろいろな
状況がありますから はたから見たら

プレッシャーが
かかるような状況もありますが

そういった時でも いつもと変わらない

同じことをしているということです。

これは つまり いつもベストであると。

♬~

お大事になさって下さい。

じゃあ。
(取材者)ありがとうございます。

♬~

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