出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 追悼・瀬戸内寂聴さん[字]

瀬戸内寂聴さん追悼特集

◇番組内容
過去の貴重な映像で、瀬戸内寂聴さんを偲びます。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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  1. 戦争
  2. 本当
  3. 自分
  4. 自由
  5. 仏様
  6. ビックリ
  7. 子供
  8. 写真
  9. 瀬戸内
  10. 先生
  11. お母様
  12. 大変
  13. 美味
  14. 北京
  15. アップルパイ
  16. お書き
  17. お母さん
  18. タオル
  19. バーッ
  20. ハンマー

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

♬~

♬~

今日のお客様は
人気作家でいらして

仏門にお入りになって
寂聴尼というお名前になってから

もう5年だそうで
ございますけれども

京都から おいで頂きました。

作家の瀬戸内晴美さんです。
こんにちは ようこそおいで…。

しばらくでございます。
ホントに。

もう お目にかかりたくてね。

この寂庵という庵を
もう随分長くかかって

おつくりになったって。
そうですね。

結局 4年ですね。
そこへ入ってから

ちょうど4年です。
まあ…。

嵯峨野の方?
はい。

今は こんなに
たくさん木があるけど

初めは なんか
こんなじゃなかったんですって?

なんにもない所でした。
造成地で 元畑だったんですよ。

えーっ!
草一本なかったんです。

まあ…!
いや でも こうして写真に撮ると

すごくうっそうとして
いいですね。

すごくいいと…。

でも 行のお話なんですけど
すごかったんですって? 最初の。

あの…
私ね 本当にのんきでしてね。

こういうふうに 頭を剃って

そんな事しなきゃいけないって事
知らなかったんですよ。

「行って なんですか?」って
言ったら

「ひどいんだよ」って…。
もう すごく脅かされましてね。

でも 仕方がないから。
それは お勤めだっていうんで。

60日 比叡山の… 奥比叡のね
横川っていう所へ入るんです。

比叡山の荒行というんですか?

その すごい修行の中に…
三千礼拝っていうんですか?

三千仏礼拝。
あっ 三千仏…。

はい。 仏様…。
それは どういう…?

なんか すごい…
もう お話を伺うだけでも

ビックリしちゃうんだけど。
三千仏っていうのは

過去仏が千仏
それから 現在仏が千仏…。

仏様が?
仏様ね。

未来仏が千仏
いらっしゃるんですって。

それが 皆さん
長い長い名前がついてるんです。

ちょっと 覚えきれないような。

そのお名前を言いながら
お辞儀をするんですけども。

立つ時に
手をついちゃいけないんです。

手は こうやって腰に当てて。

そして
自分の足で立つの 真っすぐ。

それから また こうして
また それを ずーっとやるんです。

3000回?
3000回。 朝4時頃から。

そして 気が遠くなってね
気絶する人もいるんですよ。

もうね… それで
おでこが こう 当たる所にね

タオルを置いてもいい
っていうんで

タオル
置かせてくださるんですね。

でも しまいにね
自分が どっちを向いてるか

わからないんですよね。

タオルの所に おでこなんて
当たらないですよね。

そのうちに汗が出てきましょう

それから 涙が出てきましょう
はなも出て…。

なんか もう ダラッダラして
ひどいものですよ。

それは なぜ そんな事をするか
って言いますとね

やっぱり
そうやって拝んでる間に

仏様がね 見える
っていうんですね。

そして 3000回
おやりになってみたら

見えましたか? その仏様。
見えるもんですか。

そんなもの 無我夢中で…。

ただね 終わりの方でね
キラッとしたんですよね。

「しめた! 見えた!」と思ったら
そうじゃなくて

夕日がね… 何か

木の葉に当たって
キラッとしたんですよ。

そんなものでしたよ。

私 1つだけ質問してよろしい?
はい。

あのね 私は
こんな頭ですけどね

もう 徹子さんの頭がね
とっても好きなんですよ。

それで 私が 今日ね
『徹子の部屋』に出るって言って

うちにいる女の子たちがね
「ぜひ 聞いてきてくれ」ってね。

「あの頭は どうなってるのか」
って言ってね。

そうですか。 これね
もう 皆様がね

「カツラじゃないかしら」とかって
色々あるんですけど

これね 見て頂くとわかるんですが
この毛が… すごく長い毛をね

すごい数のピンでね
留めてあるんですね これ。

だから この毛を 1回 全部ね…
全部 こうやりましてね

ここのゴムで縛りましてね

それを三つ編みにして この中
こういうふうに入れてるんです。

難しいわね。

簡単って言えば
すごく簡単なんですけども。

そういう頭なんですけど…。
失礼ですけど伺っていいかしら?

それは
毎日 お剃りになるんですか?

あの… 毎日 とても簡単に
安全かみそりで。

ああ… そう。

こういうふうに
テレビに出ますとね

ハゲみたいにピッと光るんですよ。

だから さっきね
粉をつけてもらって…。

あの… 官能的な小説を
今 お書きになって

若い編集者に渡すと

こんな ご体験もない仏門に
入ってらっしゃる方が

「こういう事は 想像で
お書きになるんですか?」って

おっしゃるとかって…。

そう そう そう。 それからね

書いていいんですか?
って言う人があるんですよね。

なるほど。 それはあるでしょうね。
それは構わないんですか?

構わないと思いますけど。

とてもね… あれしちゃいけない
これしちゃいけないって事

ないですよ。
とっても自由なんですね。

書く事と する事は
違いますからね。

しなきゃいいわけでしょ?

でも やっぱり しない
っていうのはあるんですか?

それは
戒律っていうのがありますから。

だけど やはり
51歳という年齢の時に

仏門に入ろうと
お思いになったのを

皆さん もう お聞きになって
もう お話し疲れとは思いますが。

もうね それ 言われるんですけど

本当 20年も経つとね
忘れちゃったですね。

なんで あんなにね
必死になったんだろうと

今になると思います。

それからね 今 皆さん
女の人が若くなったでしょ?

だから お会いしてね…

ちょっと 51歳の方
手を上げてくださいなんてね

話を聞く方に言いますでしょ。

するとね
とっても若いきれいな人がね

「はーい」なんて言って手を上げる。

いやあ 私 あなたみたいに
若い時にね 出家したのかしら。

まあ もったいないって
思わず言ってしまうの。

でも あの頃はね
十分 見るものは見たし…

何かね そういう感じでした。

すがるっていうものでも
なかったですか?

そういうのなかったですね。

ただ 何か もっとね
自由になりたかった。

自由って… 私は
相当 勝手な事しましたからね。

だから 人様から見ると
自由かもしれないけど

自分の心から
自由になれなかったですね。

だから 出家しましたらね
それが とっても自由になった。

無限に自由になった。
無限に自由…。

そうすると お書きになる時も
もう とっても

前より自由にお書きになれる…。
そうですね。

あれしちゃいけない これしちゃ…
あんまり思わないんです。

もしね その事を
書いちゃいけなかったらね

仏様がね 私に書かせないだろう
というふうに思うんですよ。

頭をポンッてやるとかね
手を覆うとかね。

だから 任せてるから
なんともないです。

昔は 80っていうと
もしかすると

おばあさんっていう感じ
ありましたけど

今 本当 皆さん お若いので…。
お若いですよ。

私だけじゃなくて
皆さん お若いですよ。

もう 70過ぎてね
恋愛の相談なんて

たくさんいらっしゃいますよ。

あっ そう…。
ええ。

そんなのは別に…。
大体 まあ 皆さん

年下の人に
引っかかってますけどね。

やっぱり 年下ですかね
そこのところはね。

9歳年上の旦那様と
結婚してらして 3歳の娘がいた。

その時に えっと 4歳年下の…。

私が言うのもなんですが
4歳年下の 夫の教え子になる…。

そうです そうです そうです。
その人が離れた所にいたので

その人に会おうと思って もう…。

そうじゃないのよ。
あのね もう 示し合わせて

それでね 要は
駆け落ちしようと思ったんですよ。

家出しましてね それで
名古屋まで行った時にね

もう なんか
突然たまらなくなって

飛び降りましてね
そして 向かい側の

今度は 東京へ帰るね
列車へね 飛び乗ったんですよ。

それで 駆け落ちのつもりで
行ったんですけどね

途中で私が帰っちゃった。 それで
もう一回 行ったんですけどね

今度はね
向こうが出てこなかった。

だから 結局ね
駆け落ちにならなかった…。

でも 初めの時の覚悟では
もしかしたら

どうしても仕方がなかったら
2人で死んでもいいぐらいの…。

そうそう そうそう。
いつも そう思ってました。

だから そこの時に

1人で新幹線…
新幹線は ない時ですかね?

あれは東海道線?
そうです そうです。

その時に 今
娘の事を思い出したって…。

中で
赤ちゃんが泣いたんですって?

泣いたんですよ。
その泣き声を聞いたら

たまらなくなって。
なんて悪い母親だろうと思って。

で パッと飛び出して…。
それが名古屋だったんですか。

ところが もう一回
やっぱり 思い切れなくて

それで 本当に行っちまおうと
思って 置いて。

そのあとに もう 本当に…

それも
誰も信じてくれないんですけどね

プラトニックラブだったんですよ。

だからね もう
今の人には考えられないですよね。

だから 周りも
そんな事 考えられない。

それがわかってるのは
私と当事者だけでしょ?

2人だけですからね。
それでもね やっぱり あの…

やっぱり 夫以外の人を好きになる
っていう事は

これは とてもね
罪だっていうふうなね

そういう古い…
非常に古かったんですよね。

それは
肉体的にどうとかじゃなくても

やはり 心が そっちにいってる
っていう事自体が もう…。

申し訳ないって…。
それで 言わなくてもいいのに

「私 他の人 好きになりました」
なんて

言ってしまったものですから

夫の方は
ビックリ仰天しましてね。

すぐ それは…
そうは信じませんわね。

それで 色々…。
何事もなかった事をね。 ええ。

それから 置いて お出になった
お嬢さんの事ですね もう一つは。

それは もう
一生 頭が上がりませんよね。

この前 おっしゃったけれども

どんな事があっても連れて出よう
と思ったら

連れて出られたのにって
おっしゃってましたよね。

そうです そうです。 本当にね。
それで 子供1人ぐらい

なんとしてでも
食べられたんですよね。

だから それが やはりね
自分の心情の中に

やっぱり
罪を感じるものがありますね。

だから 坊主になったんです。
ウフフフ…。

お孫さんも もう…
お嬢様には

お子さん いらっしゃって?
はい。

57年前に 戦争が
終わったわけなんですけれども

ちょうど戦争が終わって
さっき おっしゃったけど

北京に…。
そうなんですよね。

あんまり こういうお話は 戦争が
終わった時の体験っていうのは

テレビなどで あまり お話しに
なっていないそうですけど…。

そうですね。
うん。

やはり もっとね 戦争は
本当にね 嫌なもんだよって

こんなに ひどかったよって事をね
やっぱり 言わないのがね

間違ってたような気がします
最近。

その時は
学校の先生の方のところに

お嫁にいらしたんですよね?
北京に。

それで 師範大学という
学校がありまして

そこで講師してたんですね。
それで 私は写真だけ見て

とにかく もう
日本を離れたかったから

行ったんですね。
21歳でいらしたんですって。

そうそう…。
お若い時でね。

当時 こんなふうな感じで
いらしたんですか?

これ 見合いの写真で…。
へえ~!

だましたんです。
これで だましたの?

この写真で だましたって
おっしゃったんだけど。

お嫁にいらっしゃって

それで お嬢さんが
ちょうど生まれた…。

生まれて
まだ1歳ぐらい…。

戦争が終わった時に?
はい。

そうすると
北京にいらっしゃって

ご主人が
そこに いらっしゃったんですか?

はい。 そしてね
現地召集を受けちゃったんですよ。

その留守にね
収入がなくなったんですよ。

それで 赤ん坊 抱えてですね
どうしていいか わからなくて

それで 働こうと思いましてね。

一生懸命探したけど
なかなか 職がない。

で やっと 職が見つかって…
運送屋に見つかってですね

そこへ行って 行ったその日にね
終戦だったんですよ。

これは大変だと思いましてね
そこから もう

急いで逃げ帰って
うちへ帰ってですね…。

まだ1歳のお嬢さんが
いらっしゃるので。

子供がどうなるかと思って。

それで 門を閉ざしてですね
じーっとしてたんですよ。

これは 絶対 私たちは殺されると
思いましたからね

どうやって この子を守ろうかしら
と思ってね

それだけでしたね。
怖かったですよ。

ご主人は
そこで現地召集されて いない

戦争が終わった

これは殺されるかもしれない
っていった時に

おうちに帰って 門に鍵かけて
いらしたんですって?

そうです。 はい。

それで その時ですね
私が働かなきゃならないから

子供のお守りがいるでしょ。
それに困ってましたらね

その前に… 主人がいた時に
ずっと いてくれたね

「アマ」っていいますけどね
向こうで。

お手伝いさん。
お手伝いさんね。

年を取ったアマがいまして…
ハンマーっていうんですけどね

その人の孫がね
チュンニンっていう子がいましてね

まだ 16歳だった。 その子をね

置いていってくれたんですよ
ハンマーが。

それで 私がね こんななったら
お金も払えないし

そんな お手伝いなんか
置けないからね

もう いらないわって言ったら
その時 ハンマーがね…。

我々はポンヨウじゃないかと。
お友達じゃないかってね。

お友達というのはね…
ポンヨウというのはね

相手が困ってる時に
助けるのが友達だって。

それが 中国のね 愛だって。

だから 奥さんね
心配しないでいいって言って。

うちのね チュンニンを
月給なんかいらないからね

だから 子供のお守りにね
置いていくって言って

置いていってくれたんですよ。
それでね もう 私はね

中国人に 本当に
よくしてもらいましたしね

だから やっぱりね
戦争はしてもですね

戦争の相手のね その国民はね

一人一人は
みんな いい人ですよ。

そうですね。 特に驚いたのは

夜中に なんだか来て
壁に こう なんか

書いていったんですって?
みんなが。

それで その翌日ですね
怖くってですね

門を そっと開けますとですね

壁にね…
向かいの その壁にね

バーッとね 真っ赤なね
れんたんっていうんですけど

短冊ね 真っ赤な赤い短冊が
バーッと貼ってあるんですよ。

それにね
「仇に報いるに恩を以てす」

って言葉がありますわね。

あれ 中国語でね
中国… 漢字でですね

バーッと立派な字で書いて

それ ベターッと
貼ってあるんですよ。

もう 私は腰が抜けそう…

あっ こんな立派な国とね
戦争してね…。

だから 普通ね
私たちは 今だって そりゃあ

テロがあったら
すぐ報復 戦争なんて

やってるじゃないですか。

でも そうじゃなくてですね
仇に報いるに恩を以てしようと

これは
中国の昔からの教えですけどね

それがね 書いてあったの。

それで 私はね これは
すごい国だと思いましたね。

いつぞやは こちらで
実演してくださいましたけど

お立ちになって
ももを水平に上げて

こういうふうに
足踏みみたいなの

150回は やってらっしゃる…?
もう 今 もっと。

150回以上 もっと
やってらっしゃるんですか?

はい はい…。
あららららら…。

でも 時々 毒を食らわば皿まで
みたいな事があって

レストランに いらっしゃる前に
アップルパイを召し上がって

それで
レストランに いらっしゃって。

その時も 随分
召し上がったんですね?

そうそう そうそう。
お酒もね その時 頂きまして…。

アップルパイ 好きなんですよ。

美味しい… アップルパイは
美味しいですよね。

特に あれ またね
バニラアイスクリームとかのせると

もっと美味しいんですよね。
ハハハハッ…!

仕方がない。
まあ 考えてごらんなさい

あと何年生きるかわからない。

そのね わずかな間を
まずいもの食べてね

我慢する事ないじゃないですか。
まあね そうですよね。

でも ビックリしたんですけど
去年の夏ですか

死亡説っていうのが
流れたんですって?

ええ ええ…。

どういう事から
だったんでしょうね?

あのね 去年のね あれは夏…
ちょっと 秋口でしたかしらね

その頃ね
血糖値が上がりましてね

さすがにね
270ぐらいだったからね

しんどくてね…
なんとなく しんどいんですよね。

そして こう…
何もしたくなくなったんですよ。

ちょうど その時に
2つね 講演があったんですね。

私は まだ 一度もね 講演をね
キャンセルした事ないんですよ。

少々の熱があってもね
もう ちゃんと行くんですけどね

今度ばかりはね
どうしてもね 行きたくないの。

それでね 人数も少ない
あれでしたからね

まあ いいかと思いましてね

初めてね 2つ 立て続けにね
断ったんですね。

そうしたらね
気の早いね 新聞記者がね

瀬戸内さんが…
1つは九州だったんだけどね

九州 行く途中で
新幹線の中で 気分が悪くなって

ある駅で降りて
そこで 知らない病院へ行って

そこまで まあ わかりますよね。

そこで
死んじゃったって事になって…。

すごいですね… ええ。

そうするとね まあ 早いですね
パーッと流れましてね

でも 私は
全然知らないでいたらね

そろそろね 日取りが
お決まりになりましたか… の

電話がかかってくる。
なんの日取りでしょう?

結婚式でもないのに… お葬式。

ええ… すごいですね。
でも その秘書の方が

「いえ あの…」って
お返事していらっしゃる時

実は しゃぶしゃぶなんか
召し上がってたんですよね

そこで…。
そうなんです。

なんでも知ってらっしゃるのね。

そりゃあ そうです ええ…
行き届いておりました。

それでね 横で しゃぶしゃぶ
食べてますから大丈夫です。

それならいいです… っていってね
言ったらしいんですよね。

で 私が 美味しいって
言ったらしいんですよ その時

知らないから…。

それで 白内障の手術を
なさいました。

目が すごく良くなり…。
去年… おととしですかね あれね。

もうね 今 医学 進歩してますね。

昔はね 白内障の手術は
大変でしたでしょう。

今はね もうね
片っぽでね 10分 片っぽで10分

それで… あと ちょこちょこと
なんか しますからね

30分でね もう 出てきたんですよ。
ええー!

そうしてね 廊下の外でね
秘書が待ってましてね

あら してくださらなかったの?
って言うんですよ…。

したわよって言った…。
もう そんなふうなんですよ。

そんな早い?
うん。 そしてね もうね

その日のね 夕方からね
もう 仕事していいですと。

見えるんですか? もう 目は。
見える。 もう 見えるの。

すごいですね!
もう すごい。

ただね
その時は泊まりました 病院にね。

鏡を見るでしょ? こう。

まあ どんなかなと思って
こう 鏡を見て…。

で もう きれいな目してるでしょ。
だけども その鏡の中に

まあね
80のばあさんが映ってるの!

もう… 私は悲鳴を上げましてね
キャー! って言ってね。

もう 急いでね
その レイコさんって人が通って

何? どうしたの? どうしたの?
って言うからね

鏡の中に 80のばあさんがいるよ!
って。

だって あなた 80じゃない…。
そうか。 じゃあ まだ ちょっと

おぼろげだったんですか お顔が。
そうそう。 そうなんでしょうね。

なんか 自分はね 結構きれいだと
思ってたのが

全然そうじゃなくてね…。

シワはあるし シミはあるしで
もう ギョッとしましたね。

だから それはね
覚悟しなきゃいけないの。

ああ 目は治したって…。
そうだ… まあね。 でも

その人は見てるわけですからね
そうやってね。

だから 自分でも見えた方が…。
でも

おきれいですから大丈夫です。
いえいえ いえいえ…。

おかしいのは
瀬戸内さん 92歳… もうじきね。

年取ったって おっしゃるけど
お話しになる速度が速い。

そうですか?
すっごいスピード。

そりゃもう
ビックリしますよ 私。

ちょっと じゃあ
写真でつづる ご生涯。

ご生涯っていうのは変ですが
ちょっと ご覧ください。

ええー!

「愛の青春写真館」
すごい。

すごい すごい。

あっ お母様と?
そうそう。

きれいなお母様ですね。

いや ちっとも きれいじゃない…。
そうなんですか?

半年後の…。 あっ かわいい。

かわいいじゃない。
お子さん かわいい。

お母様の
手作りドレスを…。

おリボンも?
これね ワンピースに…

本当は 足までね…
靴まで写ってたんですよ。

ところがね 私がね
そのワンピースの下にね

ズロースが出てたんで
ちょっと切っちゃった。

学芸会に出るような
お子さんだったんですか?

そうそう。
へえ~! すごいね。

やっぱり キリッと
してらっしゃいますよね。

やっぱり この頃 随分 色んな事
考えてる子だったんでしょうね。

これ 女子大 入って すぐ。
あっ そう…。

東京女子大ですからね
皆さんね。

やっぱ 徳島から いきなり
東京女子大っていうのも

相当ですよね。
そう。 少なかったですね。

あっ
これは お見合い…。

これ 立木さんのお母さんが
撮ってくれた…。

立木さんのお母様が?
徳島でしたからね。

これは北京でね。 これ
近所の子供なんですよね。

こっちはね。
これは ご本人ですよね。

これはね
もう… 家を飛び出してね

着るものが
なかったんですよね。

2枚の風呂敷で作ったの
自分で。

えっ! すごい!
同じ風呂敷 2枚で…。

えーっ すごい!
そんなの できるんですね。

これは もう 作家に
おなりになった頃だそうですけど。

小説家になりたいっていう
気持ちは 何歳ぐらいから?

小学校の3年ぐらい。

本当に!? そんなに早く?

でも なんか 先生が
なんか おっしゃった…。

どっかから この内容は

どっかの写してきたんだろうとか
なんとか言ったら お母様…。

それはね 小学校の2年の時ね。
その時からね つづり方って…。

うん あります。
言ったでしょ。

つづり方が始まった時だったの。
そのつづり方を見てね それで

「これはね どこから取ってきた」
って言うんですよね。

文章をね。
「こんなのね 書けるはずない」

って言って。 それで 私はね
泣きながら うちへ帰ってね

「先生がね 私のつづり方
どっから取ってきたって言った」

って言ったらね 母がね
まだ かっぽう着 着てたのにね

そのまんま 私の手を引っ張ってね
学校へ走ってってね

それで 「職員室は どこ?」
って言うから連れてったらね

「その先生は どの人!」って
その先生のとこへ行ってね

「うちの子はね 生まれつきね
文才があるんです」って…。

すごい。
「これくらいのね つづり方を

よそから取ってきたりしません」
って言ったの。

私 それで ビックリしてね もう。

お台所しか してない
お母さんのね…。

はあー お母さん
なかなか偉いんだなと思ってね

ちょっと ビックリしましたよ。

すごいですよね。
そう言ってくれたの。

嬉しかったでしょ?
嬉しかったですよね。

でも すごいお母様ですよね。
やっぱりね 考えてみたらね。

でもね 母もね 父親もね

私が小説家になった姿
見てないんですよね。

その前に死んでるからね。

だから ああ 気の毒だなと
思いますね。

なんにも孝行してない。
なるほどね。

ベストセラーとか
色々 お出しになった本が

並んでたりしたらね
お喜びだったでしょうよね。

さてさて… 大変お若い秘書の方
いらっしゃって。

29歳?
はい。

すごい。
で 95歳の瀬戸内さんは

数々の病気を体験なさって…。
はい。 最近ね。

大変でしたね。
私も知らなかったんですけど。

もう 次から次に病気しまして。

その時にね もう その29歳がね
とてもよくしてくれたんですよ。

ああ そう。
ようございましたよね。

でも いったん没頭すると

なんでも
すごい集中力なんですって?

そうですね。
もう 声が掛けられないぐらい

そういうモードに入ると
すごい集中力で 時間も忘れ

私たちが出したコーヒーも
もう 手も付けず

私が部屋に入った事も気づかない。

だから あれだけ長くね

作家生活 続けてらっしゃるんだと
思いますよね。

でも 瀬戸内さん自身は
100歳まで書くと

おっしゃってるんですって?
生きてたらね。

そりゃ 大丈夫でしょ。
あと何年か…。

あと5年です。
5年ですよね。 5年ですよ あと。

でも 瀬戸内さんは
執筆中に死にたいっていうのが

ご自分の希望なんですって?

もうね こう書きながらね

こうやってね
死にたいんですよね。

で 朝ね この人が来て
起こそうと思って こうして

「あっ! 死んでる」っていうね
それが もう 理想なの。

でも やはり 死んで

どこから来て
どこへ行くかっていう事は

わからないですもの 人間にはね。

その後 どうなるのかを

自分の目で確かめたいっていう
お気持ちは おありになります?

もう 皆さんに聞かれるんですよ。
そうでしょうね。

あの世は… あの世に行ったら

極楽がありますか?
地獄がありますか? とかね。

いや 私 悪いけど まだ一遍も
死んだ事がないからね

わからないけどね…。

極楽があったらね 右の足の親指を
引っ張ってあげるとか

地獄があったら
左を引っ張ってあげる

そういう約束を
してるんですよ。

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