徹子の部屋 中村雅俊&渡辺徹[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 中村雅俊&渡辺徹[解][字]

~41年来の仲…青春スターが豪華競演!~中村雅俊さん&渡辺徹さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
“歌う青春スター”として人気を集めた中村雅俊さん&渡辺徹さんが登場!文学座の先輩後輩として出会った41年前、デビューが決まった渡辺さんへ中村さんはメッセージを書いて色紙を贈った。今でも大切に持っているという色紙を今回特別に公開、当時の思い出を振り返る。
◇番組内容
共通点が多いという2人は、デビュー当時のマネージャーが同じで、俳優から歌手になりバックバンドも同じだった。『ふれあい』で大人気だった中村さんの背中を追い、渡辺さんも『約束』を歌って大ヒット。結婚年数も10年差がある2人。改めて互いの夫婦についての想いを明かす。また、私生活でも渡辺さんが中村さんの引っ越しを手伝い、互いの家に遊びに行くなどいろいろと交流があるという。豪華スター2人の秘話をお楽しみに!
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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  1. 雅俊
  2. 本当
  3. 自分
  4. デビュー
  5. フフフフ
  6. ハハハハ
  7. 一緒
  8. 部屋
  9. 人気
  10. お願い
  11. コンサート
  12. ベストテン
  13. 郁恵
  14. 去年
  15. 言葉
  16. 仕事
  17. 女房
  18. 先輩
  19. 徹子
  20. 年前

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

(黒柳)なんと

青春スターで大人気だった

このお二人が 本日のお客様です。

中村雅俊さんと渡辺徹さんです。

40年以上のお付き合いで

実は 共通点が
たくさんあるそうでございますが

今日は 出会いから それから
いろんな親交について…

そういう事についても いろいろ
伺わせていただきたいと思います。

ようこそ おいでくださいました。
よろしくお願いします。

文学座の先輩後輩。

はい。
(渡辺)はい。

何年ぐらい離れてるの?

もう 大体10年ですね。
年は10年くらいだね。

はい。
えっ? 俺 13期。

俺 20期です。
ああ じゃあ…。

黒柳さんが?
私は2期なの。

2期ですね。 先輩です。

どうも すみません…。
養成所の2期。

今 何期まであるんだっけ?
今 六十何期かですかね。

そんな… そうね。
だって 何十年も前ですもんね。

ええ。
遠い昔の話だよね。

ねえ 本当ですね。
そうね。

だって 杉村春子って誰? って

知らない人がいる
っていうから やっぱりね。

うわー…。
そう… はい。

やっぱり
杉村春子さんの文学座

っていうふうに
私たちは思ってたじゃない。

怖い人ではあったよね。
まあ… でも 稽古場では

非常に やっぱり
厳しかったですけどもね。

普段は すごい
優しかったんですけどもね。

2人が初めて会ったのは いつ?

ですから 俺が デビューして…。
うん。

だから もう 40年前ですね。

あの… 劇団で デビューするんで

取材を受けてまして 事務所で。

そしたら
そこに 雅俊さんがいらして。

そこで 初めてお目にかかった…。

で 雅俊さんは
なんでいらしたの? そこに。

ちょっと 理由は
覚えてないんですけど

まあ 理由なく
信濃町の文学座に行って

あの… なんか
ギャラ出てないかな? とか

そういう感じで行ったりなんかは
よくしてたので

ちょうど その時に
徹がいたと思うので…。

まあ お目にかかったのは
それが初めてなんですけど

俺は もちろん
中村雅俊さんっていったら

もう 本当に 雲の上の存在で。

あの… お目にかかる以前から

劇団に でっかい
キャンピングカーがあって。

そのキャンピングカーの前に

自転車とか付いてる車なんですよ。

雅俊さんの車で

「あっ! 雅俊さんが来てる!」
っつって

みんなで ざわつくっていうのが。

だから その
自転車 意味あるのかな? って

ずっと
いつも思ってたんですけど。

ハハハハ…!
初めてお目にかかって

そこで ごあいさつを
させていただいたら

色紙を書いてくださって。
うん。

言葉を贈ってやるという事で。

今日 持ってきたんですけど…。
あっ 本当?

40年前のやつなので
黄ばんでるんですけどね。

正確には 41年前になります。
これです。

ええー!
で 書いてくださった言葉が

「いつまでも あると思うな
人気と仕事」。

すごい。 「徹へ」って書いてある。

これからデビューする人間に
なんとネガティブな。

ハハハハ…!
なんか 「大志を抱け」とか

「夢を持って」とか
そういう言葉かと思ったら

こんなリアルな言葉を書いて…。

「いつまでも あると思うな
人気と仕事」

はい。 ええ。

まあ でも
素敵な芸能界という世界で

これから飛び立とうというね。

で 彼は 絶対うまくいくと
信じていたし。

でも まあ ちょっと
からかい半分で この…。

あと もう半分は やっぱり

そういう世界で
頑張ってほしいっていうかね。

やっぱり これから
スタートライン立った人なんでね。

ああ…。 いや あの時のお顔は
絶対ふざけてましたね。

ハハハハ…!
ハハハ…! ただ あの…。

実は あの… 去年

ちょうど 俺が
デビュー40周年だったんです。

そしたら その時に… まあ
あるイベントをやったんですけど

雅俊さんに
コメント お願いしたら

色紙も書いてくださったんです
去年。

そしたら
今度 こんな言葉を書いて

40周年の時に。

「いつまでも 続いたじゃない!
人気と仕事!」って書いて…。

すごいじゃん! フフフ…!
いや でも 徹 40年ですよ。

40年以上も 頑張ってやってきた
っていうのは

やっぱり はたから見てて

兄貴分としては
本当に頑張ってきたなって。

いろいろ
闘うものも多かったけど… ねっ。

やっぱり 40年も…
ここまできたなっていうのは…。

でも うまくいってましたよ
それね。

「いつまでも あると思うな
人気と仕事」って。 それで

「いつまでも 続いたじゃない!
人気と仕事!」っていうのね

よく対になってありましたね。
ええ そうですね。

まあ この色紙があったんで

じゃあ 40周年は
何書こう? と思って

結局 これを ちょっとひねって

ちょっと
書かせていただいたんですけど。

40年経って やっと完結した
ジョークっていうか…。

フフフフ…! すごい。
でも 驚いたのは

40年以上前にあげた この色紙を

こんな黄色くなるまで
徹が持ってるっていう。

いや 俺 ずっと部屋に これ
置いてあるんですもん 自分の。

引っ越しても
これを自分の部屋に置いて…。

日が当たってる感じしてるね
ちょっとね。

俺の宝物ですから。
ああ もう ありがたいよね。

ねえ。 でも どうしてか
偶然とは言いながら

『ベストテン』に
2人とも歌手として出て…。

そうですよね。
だから 共通点でいうと

デビューの時の
マネジャーも一緒なんです。

あっ そうなの?
デビューの時のドラマの

プロデューサーも一緒なんです。
ええー!

だから なんか すごい 共通点…。
あと その『ベストテン』の

歌ってる時のバンド?
はい。

あれ 言っちゃなんですけど
俺のバンドなんです。

あっ そうなの?
ええ。

そうなんです。
だから 俺は ずっと

雅俊さんの敷いてくれたレールを

こうやって
ずっと走ってきてるんですよね。

そんな感じ。
はい。

♬~「サヨナラさ」

♬~「Good-bye my sister」

これは『約束』という
歌でございまして。

渡辺さんの?

♬~「めぐり逢いを約束に」

♬~「いつかはきっと」

「徹!」っていう感じで。
なるほど… ハハハ…!

ハハハハ…!
もう 本当に まさに

徹は あの時
アイドルだったよね。

まあ 時代がアイドルブームでも
ありましたから。

まあ なんていうんでしょう
急に歌を出したら

アイドル扱いになったっていう
節はあったんですけどね。

でも 『ベストテン』に来た時は
本当にアイドルでしたよね。

そうですね。
でも 『ベストテン』の時は

今 雅俊さん
おっしゃいましたけども

バンドも一緒だから

本番前のリハーサル
雅俊さん 忙しいから

俺 代わりに
『恋人も濡れる街角』とか

歌ったりしてたんですよ。
合わせて?

そうなんですよ。 もう だから
徹に任せるのっていうのは

歌だけじゃなくてね 引っ越しも
任せた事あるんですよ。

本当?
ええ。

ちょっと
引っ越しをする時があって

俺がやらずに 徹に
手伝ってもらった事もあるんです。

申し訳ないんですけど
俺も もう デビューしてて

忙しいんですよ?

でも 「引っ越し やっといてくれ」
って言うんで…。

まあ コンサートのスタッフも
一緒でしたから

みんなと一緒に手伝いに行って。
雅俊さんはいないんですけど。

正直言うと
大変だったんですけどもね。

フフフフ…! それは
引っ越しするの大変よね。

ええ。
まあ 振り返ると やっぱり

徹に任せる 俺も俺でしたね。

そうよ! 考えたらね。
いや 俺

子守もさせられた事
ありますからね。

本当? でも 雅俊さんは

徹さんに
作曲してあげた事がある?

ああ そうですね。
アルバムの中の曲なんですけど

ちょっと そういうよしみで

もう マネジャーも一緒だし

「ちょっと書かせろ!」
みたいな感じで

それで 1曲
書かせてもらったんですけど。

『ホワイト・シルエット』。
はい。

これです。

♬~

♬~「駆け巡る」

♬~「時間を全て」

♬~「俺におくれ」

いい曲ね。
はい。

結構ね 上も高いじゃないですか。
うん。

結構 ちょっと 難しめな歌では
あったんです。

自分で歌ってみて
結構難しいなとか思って…。

徹 大丈夫かな? とか
思いながら…。

でも 歌ってるよね ちゃんと。
でも アレンジとかが

それまで やっぱり ちょっと
なんていうんですかね こう…

アイドル的な感じの曲が
多かったんですけど

この曲は もう
とてもとても この…

大人っぽいっていうんですかね。
本当。

曲だったので大好きで。
いい曲ね。

それよりも何よりも 雅俊さんに
作ってもらえたっていうのが

とてもうれしかったですね。

いい曲ですね。
ありがとうございます。

あなたがお歌いになっても
合ってたと思いますね。

あっ 俺 のちのち
自分のアルバムでも歌ってて。

フフフフ…!
そうでしょ? だって…。

ただでは転びませんので。
フフフフ…!

実は 俺 徹の奥さんに
昔 曲書いた事あるんですよ。

アイドルの郁恵ちゃんに。
郁恵ちゃんに。

それ 1970年代なんですけど。

それで
同じレコード会社だったんで

やっぱり そういう打診があって

「じゃあ」っつって こう
作って渡したんですけど

ボツでした。
フフフフ…! ボツだったの?

ボツだったんですよ。
なんて事でしょう。

それは 本当申し訳ございません。
いやいやいや もう…

言っといてください
ちょっと 奥さんに。

一応 言っときますけど

郁恵がボツにしたわけでもないと
思いますので。

まあ そうですね。
そうね。

まあ でも なんか
やっぱり 俺は こう 人が…

自分の作った曲が…

人が歌ってくれる喜び
っていうのがあったので あの頃。

だから 郁恵ちゃんが歌ってさ

それでヒットすれば
よかったのにね。

でも 結婚は 雅俊さんの方が
当たり前だけど 先?

そうですね。
もう45年経ちましたね。

ふーん…! あなたは?

35年です。
ああ そうか。

そこで ちょうど10年。
はい。

長く結婚が続く秘訣って
あります?

いやあ ちょっと
自分では わかんないんですよ

そういう
秘訣だとか技術だとか

テクニックだとか
っていうのは 全くなく

あの… まんまで
付き合ってるんで。

そういう言い方すると

相性みたいなのが
いいのかなっていうか

思ったまま付き合ってる…。
ねえ。 奥様も

そう
おっしゃってましたよね。

ええ…。
自然って。

そうなんです。
多分 そうだと思います。

あなたも
奥様と うまくいってますよね。

うちですか? まあ そう…

うまくっていうのが どういう事か
わかんないですけど

まあ… やってますね。

考えてみたら
みんな あれですよね。

この方 榊原郁恵ちゃん
あの… 芸能人じゃない?

みんな芸能人ね そこね。
あっ そうですね。

そうですね。
考えたら。

雅俊さんには…。

そういう言い方もあれですけども
雅俊さんのキャラクター

というのもあるかもしれないんで
あれなんですけど こう…

近しく接する事が
できるんですけど

淳子さんはダメですね 俺は。

キレイな人で

別世界の人って
感じがしてて。

だから…。
あっ あとね…。

先輩に失礼ですけど
雅俊さんと淳子さんって

すげえミスマッチだと
俺は ずっと思って…。

何言ってんだよ! おい!
ハハハハ…!

ずっと思ってるんですけど。
ハハハ…!

いやいや もうね でもね あの…

確かに そうかもわかんないです。

でもね 本当に 付き合うと…。
そうなんですよね。

とっても いい人で
よかったなと思ってます。

結婚してよかった?
よかったと思いますよ。

徹のとこなんか ほら…
徹のとこなんか なんていうの?

2人とも
ポジティブじゃないですか。

だから なんか 2人とも いろんな
なんかがあったとしても…

トラブルとか障害が
あったとしても

なんか やっぱり
ポジティブなんで

もう なんか
乗り越えていこうっていう

すごい 意志が感じられるよね。
ああー…。

まあ まあ 女房のおかげだと
思いますけどもね。

こちらの奥さん
しっかり者だもんね。

ねえ。
でも お二人は過去にね

同じ年に
ご出演くださってるんですよ

『徹子の部屋』に。
あっ そうですか。

別々なんですけども
貴重な映像が残っておりますので

ちょっとご覧いただきます。
はい。

「ご自分が お出になったお姿を

ビデオテープでご覧になったらば

なんて ぶりっ子って ご自分を
お思いになったんですって?」

「うん…。 普段さ こうやって…
こういうしゃべり方するでしょ?」

「それが 例えば こう
黒柳さんなんかに

聞かれるでしょ…?」
「『ベストテン』で?」

「そうすると “はい…”とかさ
“いえ…”みたいなさ

ここまで極端じゃないんだけど
そういうしぐさとか

そういう顔をね 節々に出てるの」
「ああ そう」

「うん。 だから 生だからさ
全然わかんなくて」

「それで こんな時間短いでしょ?
だから もう

とにかく あれ言わなきゃとかって
いろいろあるじゃん」

「そしたら もう
急に なんか こう聞かれると

もう… なっちゃったの」

何 言ってんの…?

「茨城県の古河市のご出身で
いらっしゃるんですけれども」

「小学校は児童会長?」
「はい」

「サッカーが盛んな学校で…」

「そして 中学も また生徒会長」

「この時は ブラスバンドで
バリトンサックスを…」

「そうなんです」
「そのバリトンサックスっていうものは

“今 吹いてみろ”って言われると
困るものなんですって?」

「困っちゃうんですよ。
サックスって

イメージとしては
例えば ジャズ…

いいメロディーを吹くとか
あるんですけどね

バリトンサックスっていうのは
すごい… 一番大きいんですね」

「一番低音を担当しまして」

「ビートルズナンバーって
うれしいんですけどもね

やりだすと… 楽譜を見ると

“ブッ ブッ ブッ ブッ”
これしかやってなかったって」

「勉強はできるわ 音楽はできるわ
スポーツはできるわ

人気はあるわっていうんで…
もう モテたでしょ? 女の子に」

「はい。 なんて ハハハハ…!」
「ああ 本当?」

正直だね。
若いですね。

若いね。
それに なんか らしくないね。

いやいや まだ…

まだ デビューして
ちょっと経った…。

緊張してるわけですよ
黒柳さんを前に。

ですよね。
そりゃ しますよ。

タメ口でしたね ほとんど。
そう…。

ねえ 本当に…
俺ね 随分言われるんですけど

若い時と随分変わったねって
言われる事が多くて。

もう 昔は 本当にタメ口で

「だからさ…」とかって
こうやってやってたのに

もう 本当に よく…。
ちゃんと 俺 変わりましたね。

雅俊さんは
語尾に「さ」が付くんですよね。

「それじゃあさ」 「徹さ」
「いつもさ」とかって…。

だから そういう… なんか
距離が近く感じるんですね。

ああ もう…。

でも 全然 タメ口だとは
思いませんでしたよ。

そうですか?
うん。

こういう方だなって
思っただけの事であって。

でも お互いの家に
遊びに行ったりした事ある…?

ああ…。

まあ 俺は あの…
息子が小さい時に…。

まあ 今 近所に
住まわせていただいてるんで

夏の宿題で 蚕を
育てなきゃいけなかったんですね。

蚕っていったら
桑が必要だろうっていうんで

女房と息子で
3人で ずーっと散歩しながら

桑の葉っぱを探しながら行ったら
見付からなくて。

雅俊さんちの
すぐ前に行ったんで

雅俊さんに聞いてみよう
っていうんで

ピンポンしたら 雅俊さん
「おお!」って ちょうどいて。

「おお おお!」って言うんで

「実は 雅俊さん
桑を探してるんですけど」。

「そうか。 まあ ちょっと来いよ」
って言われて

「ちょっと見てくれ」って
庭に こう 建てた建物があって。

「俺さ ここで 今 体鍛えてるのよ」
って言って

そういう話をして。 「そうですか。
雅俊さん 桑 ないですか?」。

「おお。 ちょっとさ 散歩しない?」
って言われて…。

俺と女房と息子で ずっと…

「ここはさ 眺めがいいのよ」とか
言いながら

30分ぐらい
無駄話に付き合わされて

結局 桑の情報なしで
帰ってきたっていう

そういう思い出もありますね。
まあ よくある話で。

徹は徹で うちの近所に
引っ越してきたわけですよ。

それで 「来てくれ」って言うから
「じゃあ 行くわ」っつって

お昼に連絡して
「いるから」って言うんで行って。

それで 「あっ ここだ」っつって
俺 ピンポン こう鳴らして

しばらく鳴らして 「あれ?
徹 いるのに出ない」っつって

ガーッて長く押してたら
後ろの方から

「雅俊さん そこんち違う!」とか
言って。

いや それがですよ

「うち 新築をしたんで
いらしてください」って言って

「行くよ」って… 来たのに

その 間違えた向かいの家は
築20年なんですよ。

どう見たって
わかるじゃないですか。

どうして そういうところが
冷静に判断できないんだろう

この先輩はって
思いましたけどもね。

ええ もう ビックリしましたよ
後ろから聞こえた時には。

驚いたでしょ?
あれ?

渡辺徹が後ろにいると思って。

フフフフ…!
でも 雅俊さんは 最近は

声のケアをするように
なったんですって?

そうですね。
歌のために。

前は 本当に
終わると お酒を飲んで

大声出すみたいな事が
若い時 あったんですけど

さすがに 今は もう 本当に

のどをケアするっていうのを
努めて…。

やっぱり ボイストレーニングとか
人並みの事は やってます。

いや ちょっと待ってください。
えっ?

雅俊さんは
俳優でありながら歌手という…。

これは もう
昔から有名な事ですけど。

「最近は」って事は 昔は なんにも
やってなかったんですか?

やってなかったの。

あっ そうなんですか。
もう 本当に なんか

のどが強いのかどうか
わかんないですけど

よく 飲んで 大きな声出しても

次の日
ちゃんと歌ってたっていうね。

はあ…!
ええ。

でも 中にはいますよね
そういう…。

まあね。
徹は どうなの?

ケアみたいなのは。
俺 まだ 一切

ボイストレーニングとか
やった事なくて。

ほら… 人の事 言えないじゃない。
本当 なかったんだけど

去年 初めて
ミュージカル やったんですよ。

その時だけは 本当に
ボイストレーニングっていうので

時間取って
やらせてもらいました。

やったら 良かった? やっぱり。

あっ 全然違いますね。 ええ。

なんだ 最初から
やっとけばよかったと

思ってたんですけどね。
そうだよね。

でも 11月に 愛知から

コンサートツアーが
始まるっていうのは

雅俊さん?
そうです。

去年も
やらせてもらったんですけど

フルオーケストラ。
すごい。

もう 六十何人ですよ。

えっ! 本当に?
ええ。

もう すごい…。 去年は
新日本フィルだったんですけど

今年は 東フィルで。
東フィル? 私 副理事長。

あら!
フフフフ…!

あらまあ!
こんな所で ちょっと…。

ありがとうございます。
本当に?

ええ。
ありがとうございます。

上野の文化会館で。 ええ。

そうなんですか。
そうなんですよ。

「HARVEST」って
いうんですってね タイトルはね。

まあ 「収穫」とか
そういう意味なんですけど

まあ なんとなく 自分の中では

集大成を1回… みたいな感じの。

それも フルオーケストラで
できるので…。

いいですよね。
ええ。

ツアーをするんですか?
それは… まあ 4カ所ぐらい。

4カ所ぐらい? へえ~!
東京公演は11月17日。

17日だそうでございます。
はい。

徹さんも
今度 舞台にお出になるでしょ?

はい。 10月7日から

大手町ホールで
『今度は愛妻家』っていう。

これは だいぶ前に

小劇団で書かれた
芝居なんですけど

すごい とてもいい話なんで
のちに映画化もされて…。

あっ そうなの。

今度 新宿二丁目のゲイバーの
ママの役なんですけども。

いいじゃない 結構ね。
楽しそうじゃない?

ねえ 面白そうね。
あら そう? ハハハハ…!

でも よかったよね。
先輩として思ってるのは

やっぱり
徹 ずっと 文学座に残って

やっぱり
お芝居をやってるっていうのは

すごい素晴らしい事だな
っていうふうにね

先輩として思ってますけどね。

中村雅俊さんは 今年も

「徹子の部屋」コンサートに
ご出演くださいますよね。

はい。 お世話になります。
よろしくお願いいたします。

「徹子の部屋」コンサートは

東京国際フォーラム Aで

11月23日 水曜日でございます。

それで 大阪もございますので

大阪も申し上げますね。

大阪はフェスティバルホールです。

11月27日の日曜日。

意気込みをお願いいたします。

そうですね 数少ないヒット曲を

マックス状態で歌おうかなと。
お願いします。

なんか あの… 歌ってると

喜んでいらっしゃる顔が
見えるだけでも…。

そうですよね。
歌っててよかったなっていう…。

「徹子の部屋」コンサートは
お客様がいいですよね。

ですよね。
本当に みんなね

もう ニコニコ ニコニコしてね。
ええ。

あなたは8年前かしらね?
8年前に…。

出てくだすったんです この方。
はい。 出させていただいて。

その時 俺は やっぱ…

南こうせつさんと一緒に
歌わせてもらったんですけど。

うち 郁恵が… 結婚する時に

『妹』を歌ってくれるって
約束をしてたんですけど

ちょうど スケジュールが
こうせつさん ダメだったんです。

2人で『妹』を歌って

女房が ここで泣いてるの
見えてたんですけどね。

あの時ね。
思い出深いコンサートになりました。

ありがとうございました。
また 詞がね いい詞だよね。

でも いろんなお話できて
楽しかったですよね。

いや こちらこそ
こういう機会をいただいて

ありがとうございます。
徹さんから雅俊さんに

なんか聞きたい事がある…?

もう ずっと
ついてきたもんですから

雅俊さんを
まだ目指して歩んでるんですね。

となると
もう 70代の雅俊さんって

これから どういう事を
モチベーションにとか

夢にとか… 持って

歩いていかれるのかな
っていうのを

ちょっと
お聞きしたかったんですけどね。

何? もう70なの?
71です。

うわー! 若いわね あなたね。
フフフフ…!

昔 47年くらい前に
『俺たちの旅』っていう

ちょっと
青春ものをやってたんですけど

俺の役は いつも言うせりふが
あるんですよ。

「俺は 今日一日 精いっぱい
生きりゃ それでいいんだよ」

っていうせりふが
あったんですけど。

25歳の時の役だったんだけど

やっぱり 今 なんか
それが自分の生き方に

なんか ぴったし… してて。

なんか 精いっぱい生きて…。

よく 寝る時に
一日を振り返った時に

今日は いい一日だったね
っていうふうに

いろんな意味を含めてね

そういう…
言える一日を過ごして

それの繰り返しでいけたら

きっと もっといい事にも
出会ったりなんかして。

なんか するかなと…。
だから 具体的に

あれしたい これしたいとか
っていうんじゃなくて

自分が よしとできる一日を
毎日 過ごせたらいいなという…。

あと やっぱり なんか
年取ったせいか

感謝っていう…
よく みんな 言うでしょ?

感謝っていう気持ちが
本当に出てくるんですよ。

だから なんか 自分の中では
俺でよかったら…

俺でよかったら やりますよ
っていう なんか…

なんか そういう気持ち。
なんか いろいろあるじゃない

人と 話で 「どう?」とかって。

いや 俺でよかったら
もう ぜひ やらせてください

っていうような気持ちが
すごく強くなって。

でも 実にいいですよね
「俺でよかったら」。

…です。
はい。 わかりました。

徹さんの目標は
何かあるんですか?

俺は そうですね
やっぱり こういう…

なんていうのか ここのとこ
病気がちだったりとかして

女房に迷惑かけてるので
とにかく

家族への愛情という意味でも
ちゃんと 健康に気を付けて…。

「俺でよかったら」って
言えるように。

「俺でよかったら」。
言いたいと思います。

そうですよね。
じゃあ 私でよかったら。

ハハハ…! またお願いします。
よろしくお願いします。

『徹子の部屋』は

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