池上彰のニュースそうだったのか!! 今では信じられない!?昭和のニュースSP[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

池上彰のニュースそうだったのか!! 今では信じられない!?昭和のニュースSP[字]

昭和の時代のニュースを見ていくと、日本の社会・政治がどう変わってきたのか、そして今のニュースの意味がもっとよくわかる!池上解説で!

◇番組内容
昭和の時代、賞味期限も消費期限もなかった!?昔牛肉やバナナが高価だったのはどうして?東京でハエが大発生…一体なぜ?▽昭和の時代は高齢者の医療費無料&毎年給料が上がってた…昭和と令和、景気はどう違う?▽昭和の中国のイメージは「自転車」今は「お金持ち」その変化のワケは?▽昔を知ると今のニュースがもっとよくわかる!池上彰が詳しく解説
◇出演者
【ニュース解説】池上彰
【進行】宇賀なつみ
【ゲスト】石原良純・北斗晶・チャンカワイ(Wエンジン)・小山慶一郎(NEWS)・カズレーザー(メイプル超合金)・谷まりあ・上村ひなの(日向坂46)
◇おしらせ
☆番組HP
 https://www.tv-asahi.co.jp/ikegami-news/

ジャンル :
ニュース/報道 – 解説
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
バラエティ – クイズ

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  18. 年代
  19. 教育
  20. スマホ

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

驚きと新発見の連続!

今 様々なルールがある…
法律があるのは

実は 過去に 昭和の時に
こういう事があったからなんだ

という そういう歴史をね
ちょっと 振り返る事によって

今というのを より深く見る事が

できるんじゃないかなと
思っています。

今みたいに 家庭用ゲームが
普及していなかった頃…。

公園や学校での遊びといえば…。

(北斗)あっ あった!
(宇賀)何? これ。

(カズレーザー)ちょこちょこ
危ないですよね 昭和って…。

(北斗)あった~!
(チャン)あった。 怖かった…。

身長より はるかに高く跳ぶ
ぶら下がりシーソーや…。

とにかく グルグル回転させる
回旋塔などに夢中だった。

えーっ?

いや 確かに
ちょっと怖いですね これ。

ちょっと危ないですね。

だから
こんな悲惨なニュースが…。

「回旋塔が折れ 死ぬ」

安全に対する意識が薄かったため
大ケガする子どもが続出。

危なすぎる遊具は
次々に撤去されていったんです。

昭和の時代
ケガした時の必需品といえば…。

通称

赤チン…。

全然 知らない 知らない…。
知らないです。

(スタッフ)聞いた事ない?

赤チンとは
赤い色をした消毒薬の事で

どんなケガも 赤チンを塗れば
大丈夫といわれた。

だから…

全身 真っ赤になった子もいた。

(チャン)ハハハハ…!
(北斗)なんでも赤チンだった。

100円あれば 結構買えた
駄菓子屋さんで…。

人気だったおもちゃが これ。

上村さん
どうやって遊ぶと思いますか?

えっ なんだろう…?

違いますか?

正解は…。

(火薬がはじける音)

(谷)えっ…?
(チャン)危なっ!

壁にぶつけて パーンと音を鳴らし
人を驚かせた。

さらに いたずらといえば…。

(小山)こんなの 今 やったら
大問題でしょ。

『ハレンチ学園』という漫画が
ヒットした昭和40年代は

「モーレツごっこ」と呼ばれ
小中学生の間で大流行。

今だったら 小学生とかでも
もう やばくない…?

そんなに なる?

昭和40年代から50年代

子どもも大人も
家での楽しみといえば…。

(北斗)ああ 懐かしい
ガチャガチャ…。

ゴールデンタイムで
やっていた番組といえば…。

プロ野球。 そして…。

(北斗)よーし きた!
おおーっ タイガーマスク!

プロレスも ゴールデンで放送。

(小山)うわ~…。
(北斗)すごかった。

さらに
家族でテレビを見ていると…。

突然 女性の裸が映る事も…。

気まずくなって

慌ててチャンネルを変えた人も
多かったのでは?

ハードディスクなんてものが
ない時代

家庭用ビデオデッキが
普及し始め…。

録画するのは VHSテープ。

だから

千葉県 稲毛にあります

街中に ビデオやCDなどの
レンタルショップが続々とでき

見たい映画は
レンタルビデオ店まで

わざわざ借りに行くのが
当たり前だった。

昔は 番組中に流れる
コマーシャルも人気。

だから

うわ~ 長い列ができていますね。

この列は
一体 なんだと思いますか?

それを見ようという
お客様の列なんですよ。

車のCMで話題になった
エリマキトカゲ。

えーっ…?
これを?

ハハハハ…!
かわいくない。

さらに カップ焼きそばのCMで
火がついた ウーパールーパーも。

CM1つで 社会現象が
起きる時代だったんです。

だから こんな事までニュースに!

超能力でスプーンを曲げるという
外国人 ユリ・ゲラーの登場で

スプーン曲げに熱中する人が続出。

さらに…。

といった

『ノストラダムスの大予言』が
大ヒット。

信じる人が多く

大人も子どもも
あと何年 生きられるのか

真剣に計算した。

テレビでやる事を
マネする時代だったんです。

昔と今では
なんで そんなに違うの?

昭和を知っている世代も
知らない世代も

ちゃんと確認しておこう!

今回 スタジオには

色んな世代の方たちに
お集まり頂きましたけれども

上村さん どうでした?

ええ~ ビックリしました。

遊具とか
見た事ないものばかりで…。

すごい危険ですよね。

だって あれでケガをしたから
赤チンを塗るっていうのは

ごく当たり前の事でしたから。

赤チン 使ってたっていう方は?

(石原)使ってた。
(宇賀)いらっしゃいますか。

(小山)チャンさんも…
そこは分かれるんだ。

あんまり体に良くないみたいに…。
(北斗)そうそう そうそう。

水銀がなんちゃら… みたいな。

これね 製造過程で発生する
水銀が問題になってですね

2年前に
製造禁止になったんですよ。

あれはね 昭和の頃って

体温計って 水銀の体温計
結構 使ってましたでしょ?

昔の体温計は
中に水銀が入っており

温めると熱で体積が膨らむため

それを利用して
体温を測っていたんです。

で 測り終わったあと
これをリセットする時に

こう 振ってると どこかに
ぶつかっちゃってですね

水銀が
外に飛び出しちゃったりって。

とにかく危険だからというので

現在 これも
製造禁止になってるんですね。

(宇賀)北斗さん いかがでしたか?

私 あの… ユリ・ゲラー?

すっげえ スプーンを なんか

こうやってやったら
曲がんないから

やっぱり 手で こうするしか
ないじゃないですか。

折って すげえ ばあさんに
怒られたのを思い出しました。

力技で。 ハハハハ…。
そういう子が多かったはず。

今では考えられないけど

なんで 昔は オカルトまで
ニュースになったの?

でも 普通のニュース番組で
当たり前に なんか

ウソみたいな心霊写真とか
映してましたよね。

(一同 笑い)
今じゃ考えられないような…。

エビデンスも何もないですよね
当時って。

いや 逆… もう 真逆で
めちゃめちゃ平和だったから

これぐらいの刺激がないと もう

満足しなかったんじゃ
ないですかね?

そうでもなかったんですよね。
当時 やっぱり 東西冷戦でしょ?

いつ
核戦争が起きるかもしれない。

つまり 1999年の7月に…。

(小山)そういう事だ…。
(北斗)なるほど。

妙にリアルだったんですよね。

人類が滅亡するんじゃないか
というキーワードが

むしろ リアリティーをもって

受け入れられたという部分も
あるんですよね。

良純さん 今では考えられない
昭和のニュースというと?

昔 なんか 例えば
交通戦争とかゴミ戦争とかって

よく言いませんでした?
ありましたね。

なんか 全部
「なんとか戦争」って言った…。

そういうニュースって
まあ あんまり聞かないですね。

なんとか戦争…。

あとはね 天気予報も だいぶ
変わったんじゃないですか?

ああ そうですよ。 天気図すらね
映してなかったと思う。

昔の天気予報。 だから

「明日の天気は」っていうと
なんか 「晴れ」っていうと

晴れのマークが
バーンって1個出て終わり。

あっ マーク…?
へえ~。

降水確率もなければ…。
(カズレーザー)当てずっぽうも

いいところじゃないですか。
(石原)朝 昼 晩もなければ…。

気象予報士なんて資格
なかったですからね。

(小山)あっ なかったんですか?
(石原)ないですよ。

気象業務法という法律で

気象庁の職員以外は 天気予報
出しちゃいけなかったんですよ。

法律違反だったの。

だから
天気予報は変わりましたね。

<出井宏明は顔認証を支える

半導体材料の研究員>

<彼の開発した特殊材料は

検知が難しい赤外線を 正確に捉える

センサーの誕生につながった>

<スマホが顔を
立体的に測り

暗くても
あなたとわかる>

<顔認証は日常になった>

今は ネットで注文すれば

なんでも 家まで
持ってきてくれる時代だけど…。

昭和のお買い物といえば…。

お肉は お肉屋さん。

野菜は 八百屋さん。

お米は お米屋さんと

専門店を回るのが当たり前だった。

今の この…
若者からすると

メリットが考えられないです
昔の方が。

いや でも 値引き?

ワンチャン。

今は 必ず賞味期限や消費期限が
表示されているけど…。

昔は それらの表示がなかった。

(チャン)ええっ?
(小山)自分次第?

だから

食中毒が頻繁に発生。

(チャン)なんとなくだったの?

自分で
判断しないといけなかったから

食べて食中毒になる人も
多かったんです。

(石原)怖い…。

消費期限と賞味期限がないの
衝撃的すぎて…。

でも よく考えれば
おばあちゃんとかは

「におい嗅いで大丈夫だったら
大丈夫だよ」みたいなのを

言ってた気がするなって思って。

あるいは 食べてみて

私 やってましたよ。

あった あった。 みんなで
「いただきます」って食べて

誰かが 「あれ?
ちょっと これ おかしい」って…。

「これ やめなさい
みんな やめなさい」…。

「やめ やめ! これ ダメ」
とかいって。

今では 牛丼屋さんや

食べ放題の焼き肉店が
たくさんあるけど…。

昔は 牛肉は高級品。

牛肉といえば国産品で…。

だから

牛肉の輸入自由化。

アメリカやオーストラリアから
牛肉が入ってきた事で

価格競争が起こり
一気に安くなったんです。

ものの値段といえば

今は円安で
物価が高いっていうけど…。

昭和の時代は 今以上に
高かったものも たくさん。

例えば
今みたいにスマホがなかったから

家に電話を置きたい人が
多かったけど…。

電話を家に引くには
なんと8万円!

通話料は 3分間で最大720円。

(北斗)そうだったの?
そうですよ。

さらに 当時発売されたばかりの
携帯電話は

初期費用27万円。

(谷)高い!
(北斗)肩からぶら下げるやつね。

高級すぎて
一部の人だけのもの。

だから

1995年に発生した
阪神・淡路大震災。

固定電話が繋がらない中

まだ使っている人の少なかった
携帯電話は繋がった。

これをきっかけに

携帯電話が普及したと
いわれているんです。

電話が高価だったっていうのが…。
(北斗)ホント。

そもそもは 電話を引く時には

電話線を引く工事代を出しなさい
という意味だったんです あれは。

だから
電電公社というところに頼んで

電話を引きたいですといったら

あれだけのお金を払いなさい
っていって

1カ月先になりますって
ひたすら待っているという。

だから うちも 固定電話の上に

ばあさん
レース編みみたいなの かけて

使わないようにカバーしたり…。

(小山)使えない時間があった…。

使わないように 電話を…

すごい 電話自体を大切に
どこの家もしてましたよね。

だって テレビだって
レース かかってたでしょ。

レース かかってました。

今では安いと思うものも

昭和40年代の頃までは
結構高かった。

例えば バナナ1房。

今の価値で計算すると

1000円くらい。

高級… なんか買えるよね。

今 メロンとか買えちゃう。

カップヌードルも 今の価値だと
1個300円くらいで

当時は珍しい食べ物だった。

だから

人質を取って
立てこもった

包囲する警察官に
カップヌードルが配られ

それを食べる様子が
繰り返し テレビで流れた事から

大ヒットしたんです。

逆に 今より
すご~く安かったのが…。

今の国立大学は
年間50万円以上かかるけど

昔は 年間およそ1万2000円。

今の価値で3万8000円くらい。

バイトすれば
学生が自分で払える金額だった。

じゃあ どうして
今は高くなったの?

生徒が減っていって
授業料が上がっていってるのか

徐々に 私立が…

昔から比べると

増えたんじゃないかなっていう
印象もあって。

そういうので…
私立って高かったから

そういうのもあるのかな
っていう気もします。

そうですね。
私立大学の数が増えていって

やっぱり それで
経営が厳しくなった

って事もあるんですけど。

昔はね 私の頃は
国立大学は年間1万2000円で

私立大学が 大体 8万円から
9万円ぐらいだったんですけど

私立大学の場合は…。

5月 6月になると
みんな出てこないので

大体 ちょうどいい数になる
というのがあって。

当時の文部省
現在の文部科学省が指導して

ホントに
定員を守るようになってくる。

となると やっぱり
経営的に厳しくなるので

学費が上がるという事もあったり。

あるいは
それぞれの私学助成金というのが

大学によっては だんだん
減ってくるという事になって

結果的に 授業料で これに頼る

授業料を値上げしよう
となってくるわけですね。

そうすると 国立と私立で
こんなに格差があるじゃないか

大問題だっていったら…。

国立が上げた… そうか。

(谷)私
平成7年生まれなんですけど

物心ついた時から…。

今 10パーセントじゃないですか。

最近 知ったのが

…って聞いて ビックリしました。

消費税が導入されたのは
平成になってから。

昭和の頃は 物品税といって

贅沢品などを購入する時のみ
税金がかかっていたのです。

私は平成16年生まれの
高校3年生…。

(一同 笑い)
(カズレーザー・小山)16年!?

昔は 携帯電話とかがなくて

待ち合わせとかで
会えない事があったんだよ

っていうのを聞いて…。

その頃ね みんな どうやって
待ち合わせをしてたのか

というのが あとで
多分 出てくると思いますよ。

ホントですか? へえ~。

税務署に密告してください
っていう制度だったんです。

えーっ! 見張りだ!

今では考えられない
昭和の生活ニュース。

今よりずっと自由奔放で
緩い時代だったから…。

昔は 玄関に鍵をかけないのが
当たり前。

近所の人が
勝手に入ってきたりした。

だから

夜の空き巣で1億円。

昭和44年 空き巣の認知件数は
18万件以上と

今より かなり多かったんです。

ゴミは分別しないで捨てるのが
当たり前。

だから

ゴミ戦争。

(石原)これこれ これこれ。
ゴミ戦争。 ゴミ戦争だ。

それぞれの区が ゴミの焼却場を
造らなければいけないという時に

「うちにゴミを持ってくるな!」
っていって

ゴミの収集車を
ボイコットするみたいな

大変な大騒ぎな事が
昔あったんですよ。

東京のゴミの大半を
受け入れていた江東区には

「夢の島」と呼ばれる
ゴミの処分場があったけど…。

ハエが大量発生し
大きな社会問題になったんです。

(北斗)うわっ!

そして 地震の震度。

今は全国に設置された
震度計などで測っているけど…。

昔は 気象庁の職員が
自分の体感で決めていた。

職員が感じた揺れと
周囲の状況から判断して

震度を発表していたんです。

その日にいた職員さんによって
違うって事ですよね?

これはね
それぞれ 例えば 当直だと…。

で グラッと揺れた瞬間

1人は立ったまま
もう一人は イスに座って

それぞれで体感をみて

震度 これ 3かな 4かなって
決めると…。

同じ人ではないんですか?
同じ人じゃないです。

今では取り扱いに厳しい
個人情報も

昭和の時代はユルユル。

卒業アルバムには
住所も電話番号も載っていた。

(北斗)あった あった。

やっぱ 怖いですよね。

さらに
昭和のプロ野球選手名鑑には…。

ビックリするよね。

選手の自宅の住所が
バッチリ載っていた。

(チャン)打点王の住所書いてんの?
(北斗)ホント?

だから ファンが家まで押しかける
なんて怖い事が

度々 起きていたんです。

そんな時代だったから

毎年 ニュースで
報じられていたのが…。

高額納税者の名簿を公表し

ランキングで
報じられていたけど…。

名前や住所 年間所得まで
掲載していた。

(北斗)うわ~ 怖いよ。 恐ろしい。

2000年代まで続いていたんです。

税務署で名前を出してたのは
あれを見ると

あれ? あの人
もうかってたはずなのに

ここに名前がないぞ おかしいな
っていって

税務署に密告してください
っていう制度だったんです。

えーっ! 見張りだ!

(石原)マジ…?
はい。

個人情報が厳しくなった
きっかけは

2003年に導入された

これ 導入のきっかけというのが
2002年に… 覚えてますか?

住民基本台帳ネットワーク

いわゆる 住基ネット
っていうのが導入されて

個人も番号が割り当てられた。

だけど インターネットが
普及した事によって

住民基本台帳をネットワーク化しよう
という事になったんですけど

もし 民間人の情報が

漏れてしまったり
悪用されたら大変だ。

それを防ぐ法律を作ろうといって
個人情報保護法ができて

それ以来 とにかく 個人情報は

出さないようにしましょう
保護しましょうっていって

世の中全体
大きく変わるようになった

という事なんですね。

今では考えられない事が

たくさんあった昭和時代。

40代以上の方にとっては

懐かしいニュースかも
しれませんが…。

昭和を知らない世代にとっては…。

驚く事ばかり!

では なぜ 昭和には

そんなニュースが
あったんでしょうか?

昭和を知る事で
今が見えてくると思います。

若い世代も

ちゃんと知っておこう。

今では考えられない
昭和の学校ニュース。

今は 受けたい人だけが
病院で受ける

インフルエンザの予防接種。

昔は 学校でやっていた。

(北斗)やったね 学校で。

しかも…。

さらに…。

(看護師)はい 次の人。

はい 次。

次。

泣かないの。 次!

Z世代の皆さん 気づきましたか?

今では あり得ない事
してましたよね。

もう一度 お見せしましょう。

(上村)えっ…?

はい 次の人。

はい 次。

(小山)ホントだ 替えてない。
(谷)ええ~ 怖い!

泣かないの。 次!

(谷)危ないよ…。

(北斗)うわっ…
気がつかなかった。

同じ針での接種が
日常的に行われていたのです。

だから

こんなとんでもないニュースが…。

実は 国は危険と知りながら
注射器の

45万人が
肝臓がんになる可能性のある

B型肝炎ウイルスに
感染してしまったのです。

やっぱり 日本は貧しかった…。

やっぱり 注射器 注射針を
一人一人 替えるっていうのは

贅沢だと 当時は思われていた。

あと とにかく
子どもが多かったんですよね。

いわゆる ベビーブームというので
マンモス校が多くて

1学年10クラスを超える
なんてのは よくあったわけで。

いちいち 針なんか
替えてられないよとか…。

針を替えなさいよと指示したのは

これ 昭和25年…
1950年だったんですよね。

一応 言ってはいたんですよ。
だけど 現場だと

いやいや とにかく 注射針なんか
高いからっていうんで

使い回しが
ずーっと行われていたという…。

ホントに 貧しかった故の事

あるいは 衛生観念が
なかった時代の事なんですね。

注射針も 今と比べたら
めちゃめちゃ太いわけですよね。

小学校の体育の授業では…。

それは一緒… 一緒ですね。

一緒だったね。

(北斗)そうだった。

そして 女子の体操着といえば…。

ほとんどの学校で
指定の体操服だった。

だから

こんなニュースが世間を騒がせた。

女子中高生が着ていた
制服やブルマーを高額で販売する

ブルセラショップが現れ

大きな社会問題に。

さらに
盗撮や窃盗の対象となり…。

90年代 ブルマー廃止を訴える
運動もあって

教育現場から消滅したのです。

昔の学校に
ほとんどあったのが…。

(小山)何?

(北斗)今 ないんだ…。

学校で出たゴミは これで
ガンガン燃やしていたのが昭和。

プラスチックも一緒に燃やしていたので

こんなニュースが。

(チャン)えーっ。

児童や生徒に悪影響を及ぼす
恐れがあると大問題に。

今では考えられないけど

昔は当たり前にやっていたのが…。

(小山)なんか
消毒くさいとこね 入って…。

感染症予防のため 国の指示で

設置が
義務付けられていましたが…。

塩素でやってましたね。

数十秒間の適切なシャワーと
同程度の殺菌効果しか

持たない事が判明。

さらに

(石原)もう なくなっちゃったね。
(北斗)なくなったんだ これ。

当たり前にやっていたけど

2008年 日本眼科医会が

積極的に推奨するものではないと
発表。

(谷)やっちゃってたなあ。
(北斗)そうなの?

2つとも 昭和の遺物に…。

の風景といえば…。

(児童たち)先生 さようなら。

トマトをずっと眺めてた
っていうのがありますね。

昭和の給食は…。

(石原)僕 ホントに
好き嫌いが多かったんで

僕 残し男って呼ばれてたんです
クラスで。

残し男…。
(一同 笑い)

トマトの4分の1の切り身がきて

ホント この 机の端に置いて
ユリ・ゲラーじゃないですけど

これが落ちないかなって
ずーっと こう 見てた…。

良純さん
いい学校に行かれてたから

そんなに厳しくされたり…。
(石原)いやあ でも

食べ物は うるさかった。
へえ~。

それで もう
嫌いなの知ってるんだから

みんなで 1個 ニンジンなんか
入れないでくれりゃあいいのに

ちゃんと 1人3つっていうと
みんな 3つ入れるんだよね。

好き嫌いもですけど

アレルギーを聞くとかって事
なかったですよね。

なんかのアレルギーありますか?
みたいなの。

一切なかったですよね。

で 北斗さん どうして 昔は

食べ残しが禁止だったんだと
思いますか?

多分 やっぱり もったいない精神
じゃないですか?

もったいないから全部食べろって
言われてましたから。 はい。

「もったいない」だけではなく

実は 昔ならではの こんな理由が。

ホントに 貧しかったから

栄養が足りない子どもたちが
いっぱいいたわけですから

学校給食というのは
栄養のバランスを考えて

これが必要なものなんだから

だから 全員 必ず食べなさい
というわけですね。

今の給食は 教育の一環として

こういった食育が目標ですが…。

昔は とにかく
栄養補給が第一だったんです。

子どもにとって
1日に必要な栄養の3分の1を

学校給食で摂取するようにという

そういう
大きな方針があったので

とにかく食べなさい
というわけですね。

そして 昭和の教育に関しては

こんなニュース映像がある。

(チャン)えーっ!
(小山)えーっ!

(チャン)すごいナレーション。
(小山)「恨めしい」…。

そして 今では考えられない
こんなものがあったのも昭和。

(小山)睡眠学習?

さらに こんなニュースも…。

(チャン)あらっ!
(小山)え~…。

(先生)ちゃんと頑張れ。
(男の子)はい。

(小山)そこは痛いよ そこは痛い。

普段の授業でも…。

コラッ!

スポーツの部活動では
気合と根性がたたき込まれ…。

おなかがタプタプになって
バテるからと…。

が当たり前。

…が昭和の教育だった。

昭和時代に学生だったというと

良純さんと北斗さんかなと
思うんですが

どうですか?
先生って厳しかったですか?

(石原)どっちかっていうと。
怖かったですね。

部活動で 私
ソフトボールやってましたけど…。

体罰ね。

だって
「立ってなさい」っていうのは

今だったら 体罰なんだろうけど

みんな 当たり前…。

私も 中学の体育の時には
とにかく 体育の教師が

体育の授業中に

えーっ! なんで?
先生の言う事を聞かなかったから。

先生の指導に従わなかった
っていうと

片っ端から
そうやって ビンタしてましたね。

その時は 池上さんは。

(一同 笑い)

だから こんな子どもたちが…。

(北斗)うん これこれ。
これですよ。

(小山)みんな これで
ちょっと 抵抗したんだ。

不良スタイルの少年少女。

非行に走る生徒が増えたから

こんなニュースが…。

荒れる学校。

校内暴力で

ほとんどの窓ガラスが割れている
なんて学校も…。

(カズレーザー)急に なんで こんなに
変わったんだろう? 一気に…。

こんな事が 全国で
当たり前のように起きていた。

てめえ 無視してんじゃねえよ
この野郎!

だから こんなニュースが…。

生徒に威嚇された教師が
恐怖を感じ

果物ナイフで刺す
という事件が発生。

教師は…。

と語った。

昭和の学校 あんなに荒れた訳は

実は 教育システムが
問題だった?

(宇賀)上村さん どうでしたか?

いやあ 本当に
厳しいしつけを受けて

やっぱり 強くならなきゃ
っていう思いから

こういう… う~ん ヤンキーさん
ヤンキーさんが…

生まれたりしたのかな?
っていうふうに思いました。

北斗さんの時は どうでしたか?

私の中学生の頃は もう まさに
真っただ中でしたね 本当に。

多分 みんな
私がやってたんじゃないかと

思ってると思うんですけれども。

北斗さんが映ってたんじゃ…。
(北斗)まあ… 多少は。 いや でも

多分 流行りみたいなのもあったと
思うんですよ。

なんか それが かっこいい
っていうふうに思って。

別に なんか 根っから
悪い子ばっかりじゃなく

それが かっこいいと
思っちゃってた。

今のギャルの子たちが
髪の毛とか こう… ねえ

ちょっと巻いたりとか
色々やってるじゃないですか。

それと なんか 大差ないというか
…だったのかなって気がしますね。

えー… 私の場合は

それが こちら。

とにかく

スプートニクショックというのが
ありまして。

東西冷戦時代 ソ連が

いち早く 人工衛星の
スプートニクというのを

宇宙に打ち上げたんですよ。

これで 大変だ 資本主義が
負けてしまう! と思って

アメリカにしても日本にしても

急遽 教える内容を
増やしたんですね。

急激に増えるんですね。

これが詰め込み教育というわけで
その副作用で

ついていけない子どもが
いっぱい出るわけですよ。

そうすると 教室にいても
つまらないわけですよね。

だから 授業中に 外に逃げ出す
という生徒が出てくるという。

で 先生が
厳しくすると

校内暴力という。

作用と反作用のような状態で
どんどん どんどん

校内暴力が荒れ狂うようになる
というわけですね。

で これじゃダメだよと。

だから やっぱり
詰め込みは無理しないで

本当に理解できる事に
しようじゃないかという事で

いわゆる この ゆとり教育
というのが始まるわけですね。

実はね 終戦直後 しばらくは
アメリカ式の教育で

ゆとりのある授業というのは
あったんですよ。

それが
スプートニクショックで

いきなり 教える内容が
ドーンと増えて

さらに 高度化に耐えられる人材を
って さらに詰め込みをした。

それに とてもついていけないよね
というので

この辺りから ゆとり教育
という言葉が始まり出して

少しずつ
教える内容を減らし

さらに ここでドーンと
減らしたわけですね。

そしたらですね 今度は

「いやいや ゆとり教育によって
学力が落ちたんじゃないか?」と

言い出す人たちが出てきて

やっぱり詰め込みが必要だ
っていう事になって

また この辺りから教える内容が
どんどん増えてきたという。

結局 戦後の日本の教育って

これをこう繰り返している
という事ですね。

では 今の学校教育は
どういう方針なのか?

はい。 文部科学省は
こういう言い方をしています。

…という。

これ つまり 主体的というのは

先生が教壇で
一方的に教えるのではなく

あらかじめ
子どもたちが予習をするとか

一人一人に こう 発言をさせ
自分たちで学んでいく。

あるいは その時に
先生と生徒の間で対話が行われる。

一方通行ではないよ
という形によって

より深い学びができるようにと
こういう事なんですね。

全ての科目で 知識だけでなく
自ら考える力を育てよう!

…というのが 今の教育。

本当にね
先生の力が問われるんですよね。

だから これで
本当にね 理想的に

見事にやっている先生も
いらっしゃれば

その一方で どうしていいか
わからないという

中途半端なものも起きてますよね。

そうか 先生は
これまでの教育を受けてたから

教える側は初めてなんですもんね。
そうなんですね。

これまでは ひたすら…

先生たちは 実は こういう教育を
受けてきたわけでね。

で 先生になった途端

「いやいや こうしなさいよ」と
言われるわけですから。

(石原)タブレット
持ってるじゃないですか。

タブレット持ってると…

40代後半ぐらいの その先生が
タブレット持ってたって わかる?

自分自身が使えなくて…。
子どもは もう 小さい時から

タブレットに
ものすごい精通してるから

逆転しちゃうんだよね なんか。

これで 本当に
学力がつくのかどうなのか?

今 とりあえず これが始まった
という段階なんですね。

今では考えられない
昭和の生活ニュース。

今は 洗濯機も お風呂も
ボタン一つで全自動が当たり前。

でも 昭和の洗濯機は…。

(北斗)そう… 脱水 見て。

(チャン)…脱水?
(小山)あれ 脱水なんですか?

脱水機能がなかったから

自分で ローラーを回して
絞っていた。

やっと脱水機能がついた時は
二槽式。

昭和50年代までは

自分で入れ替えるのが
当たり前だった。

昭和のお風呂も…。

(小山)あっ おばあちゃん家
こんなだった…。

水を止め忘れて
あふれちゃったり…。

そうだった。

水をためたあとに
沸かさないといけなかった。

だから…。

(北斗)ああ わかる… こうだった。

沸かし忘れちゃう事も度々。

こちらは シャンプーの
広告なんですが

よーく見てください。

(小山)いや
毎日じゃなくて…?

昔は お風呂が
ない家も多く

髪は 時々しか
洗わないのが

当たり前
だったんです。

多くの人が 毎日のように
髪を洗うようになったのは

昭和50年代になってから。

「朝のスタイリングに
モーニングフレッシュ」

「新発売中!」

昭和の終わり頃になって

朝シャンブームが
ニュースになりました。

シャンプーを
5日間しないっていう事が

ちょっと 今から
考えられなくて…。

例えば 中学校の時に
教室で 授業 受けてると

隣の女の子の髪から フワーッと
変なにおいがしてくる

っていうのは
ごく当たり前でしたよ。

で クラスで
1日置きに洗ってる

ってヤツがいて
みんなで ビックリして

なんで そんなに洗ってるんだ?
って驚いたものですよ。

それを せめて
5日に1度というのが

これ 画期的だった
という事です。

箱形で とにかく重かった
昭和のテレビ。

面倒くさいなあ…。

わざわざ テレビに近づいて
手で回していた。

ガチャガチャガチャ…。

最初にできたリモコンは有線。

テレビと繋がっていたんです。

どれどれ… コツがあるんだよ。

こうだ!

(男の子)直った!

なんで テレビをたたくと直る
っていわれてたんですか?

これね 今のようにね

色んな半導体とか そういうものを
使ってなかったんですね。

だから
ちょっと緩くなってくると

たたくと 接触が元に戻ったり
という事があってですね…。

接触不良で映らなくなる。

たたいた事によって それが直る
という事が ごく当たり前で…。

というのは
色んな場面でありましたね。

昭和の時代

テレビは 一家に1台しかないのが
当たり前。

だから こんなニュースが。

『オリンピック』か『水戸黄門』か

チャンネル争いで刺す。

あった あった。

チャンネル争い
もみ合い 父死なす。

(北斗)ええ~!?
(宇賀)ええっ!?

見たいテレビを
争って

ケンカどころじゃ
済まない事件も

度々
起きていたんです。

(チャン)
テレビ殺人…。

そんな事もあったけど

家電や車など

だから ニュースになったのが…。

(一同 笑い)
(宇賀)そうかな…?

日本は 世界最大の貿易黒字国。

外国製品を買うよりも

日本製品を売って
もうけまくっていたんです。

(小山)そうか 潤ってたんだ。

だから こんなニュースも。

「日本製品が売れすぎて

我が国の商品が
売れないじゃないか!」と

アメリカやヨーロッパから猛抗議。

(小山)そんなに売れてたんだ
日本製品。

日本製品の不買運動や

アジア人差別が社会問題に。

(北斗)ああ なるほど。

ここから
アメリカの要求がエスカレート。

昭和のニュースが
今の生活に大きく影響している。

もっとアメリカの製品を

日本人が
買うべきだというので

そのために
様々な要求をしてきた。

日本は どうもアメリカの製品を

買えないような規制を
しているんじゃないかといって

日本に対して規制緩和をしろと
言ってくるんですね。

昭和の日本は

国内の産業を守るため

独自のルールを作って

なるべく 外国のものを

輸入しないようにしてきた。

しかし アメリカの圧力に
逆らいきれず

次々に要求を受け入れる事に。

その結果 安い外国産の牛肉が
気軽に食べられるようになるなど

消費者にとっては
嬉しい事もあったけど…。

その裏で大変な問題も。

商店街が潰れた?
はい そうですね。

当時 アメリカがですね

大型のおもちゃ店を
日本に出店したいんだけど

日本には 大規模な店舗を
規制する法律があって

大規模なお店を
造る事ができない。

だから 規制を緩めろという
圧力を受けてですね

結果 日本では

大型ショッピングセンターを
認めるようになり

それが増え始め

一方 地元の商店街が
すっかり寂れてしまって

シャッター通りになる
というようになるわけですね。

今 非正規で働く若者が増え

不安定な働き方が
問題になっているのも

元はといえば…。

アメリカの企業が進出しやすいように

日本にルールを変えるよう強く要求。

その結果

非正規で働く人が増えたんです。

今では考えられない
昭和の生活といえば

一番大きな違いが スマホ。

もし あなたが スマホのない
昭和に生まれていたら?

えっ…。

(チャン)はっきりしてる。

小山さんは どうですか?

僕は むしろ
それを触らなくていい時間に

豊かさを感じる時すらもある。

(宇賀)ああ~ なるほど。

カズレーザーさんは
いかがですか?

そうですね やっぱ…。

(小山)いやいや…。
(チャン)かっこいい思うたんや。

(小山)そんな時もあるなと…。

(黒島)ん~…。

<ちょっと 考えるのストップ>

(井浦)打ち合わせ 始まるよ。
あっ。

<いい毎日は、いいひといきから。JT>
ちょ… ちょっと。

(2人)えっ!?
あっ 失礼しました…。

(黒島)《あっ 井浦さん…》

《またニヤニヤしてる…》
(井浦)ふふ…。

忙しいときほど楽しいことを ですね。

熱っ!

<いい毎日は、いいひといきから。JT>
黒島さん?

スマホがなかった昭和の時代。

(電話)

はいはいはい…。

はい。

電話は一家に1台。

家族が出たら

取り次いでもらわないと
いけなかった。

(北斗)ドキドキする かけるのね。
よくある事。

外で電話したい時は…。

ありました。

公衆電話を探さないと
いけなかった。

(北斗)そうだった。

最初は10円玉しか使えなかった
公衆電話。

100円玉が
使えるようになった時は

それだけでニュースになった。

黄色いのが
100円玉が使えますよって印。

多くの人が
公衆電話に頼っていた時代。

だからこそ こんなニュースも。

公衆電話に百万円。

五百万円
忘れた!

公衆電話
五分後 消える。

(石原)みんな こうやって置いて
電話したもんね。

置き忘れが
結構あったんです。

(宇賀)結構 大金
持ち歩いてるんですね。

(宇賀)
公衆電話は使った事あります?

うーん…。

あっ そうなんだ。
(宇賀)そうなんですね。

(チャン)使い方がわからない?
(谷)多分…。

なんか この… 取る…。
いや…。

(チャン)えーっ!

スマホのない

5時に東口の改札を出た所で。

そう 自動販売機の横の。

細かく打ち合わせておかないと
いけなかった。

(小山)きついな~。

それでも相手が来ない時は…。

とかって書いて。
それは もう あるある。

伝言板に書き置き。

(小山)まだ ギリギリあったな
これは。 伝言板。

どこの駅にも黒板が置いてあって

伝言を
チョークで書く事ができたんです。

待ちぼうけは
どこでも よく見かける風景。

だから
こんな事までニュースに。

迷い人 一日20人。

わかりやすい
紀伊國屋に人気。

場所は人混み避けて。

遅れたら まずおわび。

昭和と令和で大きく違うのが

今は 知りたい事は
スマホやパソコンで すぐに解決。

(操作音)

ドラえもんの道具。

声で検索! なんて事も
当たり前の時代だけど…。

ネットがない時代は
こんなに大変だった。

(小山)どうやってたんだろう?

天気予報を知りたい時は…。

177に電話。

道に迷ってしまった時は…。

本屋さんで

営業先は電話帳を見て
片っ端から電話しまくり!

昭和の時代 パソコンは

複雑なコマンドを
打ち込んだりして 操作するもの。

専門家や一部マニアの
道具だったんです。

だから パソコンを使ってるだけで
ニュースに…。

(ナレーション)機械を相手に
四苦八苦する大人たちより

子どもたちの方が覚えが早いとか。

(北斗)わ… 笑っちゃいけない…。

改良されて
使いやすくなった時は…。

大フィーバーの様子が
ニュースに…。

一般の人にも使いやすくなって
ここからネットが一気に普及。

(チャン)そうか…。

パソコンを使う人が
増え始めると…。

今度は

コンピューターウイルス上陸。

ニュースを聞いて
上司が言った言葉は…。

コンピューターをいじったあとは
手洗いするように!

なんの事か
全く知られていない時代が

あったんです。

当時 よく使われていたもの
といえば…。

(チャン)ああ~。
(宇賀)懐かしい。

(スタッフ)フロッピー?
はい。

そう

今で言う USBのように

データを保存するもの
なんですが…。

USBには 1万枚以上入る
スマホの写真が

フロッピーでは…。

1枚分も入らない。

(宇賀)そんなか…。
だから 文字だけですよね。

それでも 文章だけでも記録できて
持ち運べるなんてすごい! と

当時は重宝されたんです。

ハハハハ…! 確かにね。

今 考えたら
意味ないかもしれないけど…。

画像データって ものすごく
実は 分量があるので

このフロッピーディスクに
とても入りきらないという…

半分しか入らないという
そんな状態だという事で…。

じゃあ やっぱ
1万枚っていうのが

すごい事だっていう事ですね
今の…。

でも 実は 今も現役だった!?

今年 このニュース
大きく報じられましたでしょ?

はい

新型コロナの臨時給付金について

今年4月
山口県で起きた事件ですね。

これ 本来なら

1世帯に10万円ずつ
463世帯なのが

誤って 1人に4630万円が
振り込まれてしまった

という事なんですけど…。

この時ですね 名簿や口座など
銀行に役所が依頼する時に

データをフロッピーディスク

ここに 全部 データが入って

これを銀行に渡していた
というわけですね。

フロッピーを使っていた事自体は

間違いの原因ではないのですが…。

このニュースで
デジタル化の遅れが明らかに。

今も古いパソコンを使っている
役所や企業が結構あって

いまだにフロッピーが
利用されているんです。

日本は まだ昭和!?
こんな仕組みが。

中央省庁がですね 企業などに

様々な申請を受け入れますよ
という審査をする時に

フロッピーディスクで
申請してもいいですよという

こういう事が認められている
という事でね…。

フロッピーディスクでなきゃ
いけないって事じゃないんですよ。

だけど フロッピーディスクでも
いいですよというところがある。

一つの形式として

これを 審査をできるように
なっているというので

今も フロッピーディスクが 実は

現役として使われている
という事ですね。

デジタル担当の河野大臣

今年の年末までに
これを見直すという方針ですけど

まだまだ 実は現役だった
というわけですね。

これね さすがに
生産自体は終わってます。

ただ 在庫が
まだ 結構あるんだそうで

秋葉原に行くとですね
まだ 結構 売ってるそうですよ。

(石原)ファミリアだ。

おっ。
(小山)何?

(チャン)シートベルト…。
(谷)あっ シートベルト…。

(北斗)ホントだ。
シートベルトがない…。

皆さん 気がつきましたか?

シートベルトをしないで
運転するのが当たり前だった。

(小山)一応 あるの?
(チャン)付いてる事は付いてる…。

車内には
ちゃんと付いていたけど

シートベルトをしなくても
違反にならなかったんです。

(チャン)あれ?
(谷)えっ?

(小山)危ない事が多いな…。
(北斗)危ないねえ。

中には

ノーヘルで赤ちゃんを
おんぶしながら運転する人も。

よく見かけたよ。
(チャン)そうなんすか?

だから

と歴代最多を記録。

この状況が
交通戦争と呼ばれていたんです。

どうして 「戦争」って
ついてると思いますか?

車と車とか 車とバイクが
接触する事故が多かったから

戦争って言ってた…。
じゃないんですよ。

死者の数が戦争並みだった
という事ですね。

交通事故による死者数が
日清戦争での日本の戦死者。

あれ 2年間で
1万7000人を超えてたんですよ。

だから ホントに
日清戦争の戦死者と同じぐらいの

交通事故の死者が出るんだね
っていうので

交通戦争と呼ばれたという事です。

(小山)そんなに
亡くなっちゃってたんですね。

その後 法律が厳しくなり

シートベルトやヘルメットも
次々に義務化されていったんです。

今は ICカードやスマホを
タッチするだけで

電車に乗れるけど…。

(小山)この時代は まだ…。
(北斗)腱鞘炎…。

腱鞘炎か。
(小山)腱鞘炎になっちゃった…。

改札口で 駅員に
切符を切ってもらって乗っていた。

(石原)並ぶね~。
(チャン)うわ~…。

混み具合は今より もーっと上!

(北斗)そうそう。

最後 押してでも入れてた。
(小山)ねえ。 無理やり閉めて。

(一同)うわ~…。

押しくらまんじゅう
じゃないけど…。

押し屋部隊っていって 5~6人で
押して乗せたんですよね。

ドアが閉まらないから。

押し屋と呼ばれる係員が 乗客を
無理やり電車に詰め込んでいた。

だから

けさも女性失神。

(一同)えーっ!

あまりの混み具合に
車内で失神する人や…。

電車の…。

(小山)空気 薄くてね…。

当時は 通勤地獄なんて
呼ばれていたんです。

(石原)僕ですら 降りれなくて

えーっ!

(石原)もう 僕 ダメだから
君 降りなさいって…。

ランドセルは
窓から出してあげるからって…。

えーっ!?

今は 新幹線で
どこでも早く行けるけど…。

昔は 移動が大変!

旅行や帰省する時に
多くの人が利用したのが

夜に出発して朝に到着と
長時間かかっていたけど

安い運賃で移動できるため
学生などに大人気!

自由席の場合 満席になると…。

床に新聞紙を敷いて寝たり…。

これこれこれ。 これで行った。

中には
網棚の上に寝る人までいた。

(小山)これは
怒られるんじゃない?

昭和の時代は
駅に こんなものも…。

あるものを入れるために
置かれていたけど

上村さん なんだと思いますか?

(一同 笑い)

これは
たんを入れる たんつぼ。

当時は ツバやたんを
そこら中に吐く人が多かったため

結核などの感染症を
予防する目的で

設置されていたんです。

電車のトイレも 昭和ならでは…。

今は 排泄物を
タンクにためているけど…。

昔は 開放式といって

そのまま線路上に垂れ流していた。

だから

列車トイレの
黄害

もう
ガマンできぬ。

(石原)踏切で待ってたら
飛んでくるでしょ。

線路を整備する職員も
訴訟を起こすなど 大問題に!

他にも 鉄道に関する
昭和のニュースといえば…。

当時 鉄道は
国が運営していたけど

賃金が低い上に
過酷な労働条件だったため

運転士や駅員が猛反発!

昭和は 従業員の

さらにニュースになったのが…。

サービスが悪くなった事で
客離れが進み…。

どんどん赤字が膨らんで その額

なんと37兆円!

赤字を解消するために民営化。

現在のJRに変わったんです。

たんつぼって…。

大気汚染がひどかったから
みんな たんが絡むもんだから

その辺に ぺっぺ ぺっぺ
吐いてたんですよ。

で 東京オリンピックの時に

これじゃあ 海外のお客さんに
恥ずかしいからといって

各駅のホームに
たんつぼが設置されたんですよね。

(宇賀)小山さん どうでしたか?

満員電車とかの様子を見てると
列車って…。

乗れたら オッケーなんですか?
いや あるんですよ。

だから 定員の300倍って
言ってたでしょ?

定員を守ってたら
運べないですから

もう 定員を無視して
あれだけ乗ってたって事ですよ。

いや それは 事故起きますよね。
うん。

じゃあ どうして 昔は
今以上に混んでいたの?

いや 単純に

そうですよね。
高度経済成長時代ですから

どんどん どんどん
働く人が増える。

あるいは 大学の数が
だんだん増えてきて

朝早く電車に乗る学生が
増えてきた。

あるいは
人口が増える事によって

都心は もう とにかく
住宅難になったものですから

郊外に どんどん どんどん
家が建つわけですよね。

郊外から都心に通うっていう
人たちが増えてきたので

本当に ラッシュになってきた。

あるいは 列車の運行本数もね
今は 例えば ATSのような

いざという時には すぐ止まる
というシステムがありますけど

前は
そうじゃなかったものですから

本数が少なかったんですよね。
結局 あんな状態になってきて。

だから
学生のアルバイトなんですよ

押し屋 あの時だけ。

駅員が あんなにいないんですよ。

だから
後ろで一生懸命押してるのって

あれ 実は
朝だけの学生アルバイト。

通称やと思ってました。

そのうちに
とにかく入りきらない場合は

剥がしなさいって言って 剥がし屋
っていう人まで出てきましたね。

いつまでもやってると
列車が出発できないから

いざという時は
「あなたはダメです

降りてください」って
剥がさなきゃいけなかったという。

出張や旅行へ行く時に利用する
飛行機だけど…。

昔の飛行機は…。

カウンターで
チェックインを済ませたら…。

そのまま 搭乗口から機内へ。

昔は 金属探知機がなく

X線による手荷物検査も
行っていなかった。

だから

日本で初めて
ハイジャック事件が起こり

飛行機の防犯性が大きく問われた。

その後
空港の警備を強化しようと

ハイジャックに関する法律を
作ったり

空港で 保安検査が
行われるようになったんです。

ちなみに 飛行機を乗っ取る事を

英語で「ハイジャック」って
思っていませんか?

実は
そういう意味じゃないんですよ。

ハイジャック…。

(上村)高い…?

私も 「ハイ」って
そういうハイだと思ってましたね。

高い所でのジャック…。

諸説あるんですけど
有力な説がですね

アメリカで 禁酒法時代。

酒の… 要するに 販売が
一切禁止されていた時代が

あるわけですね。
そうすると ギャングが

酒を密造して
これを輸送するわけですよ。

それを 対立する別のギャングが

その酒を
全部奪い取ろうとするんですね。

そういう時に
どうするかというと

酒を積んでるところをですね

「ハーイ ジャック!」と言って
声をかけて

運転手を呼び止める。

その間に 酒を強奪すると…。

マジで?

(北斗)
そういうジャックなんですか?

だから ハイジャックって
「乗っ取り」という意味なんですよ。

だから 飛行機乗っ取りを
ハイジャックっていった時に

多くの人が 上村さんや
谷さんみたいに勘違いをし

「ハイ」っていうのは
「高い」… 空の事だろう。

飛行機を乗っ取る事を
ハイジャックだろうと

勘違いした人たちが

船の乗っ取りをシージャック

バスの乗っ取りをバスジャック
って 間違って呼んだんですよ。

だから あれ 英語で言うと

船を乗っ取ろうが
バスを乗っ取ろうが

ハイジャックなんですよ。
へえ~!

だから あれ 和製英語です。
(北斗)へえ~ 知らなかった。

来週から 外国人観光客の
入国制限も緩和され

インバウンドが
期待されているけど…。

実は今 航空業界が大ピンチ!?

アメリカ ヨーロッパでは
航空便が欠航したりですね

あるいは 遅延が増えたり
手荷物が なかなか届かない

というような
様々な問題が起きてるんですね。

理由はね 人手不足なんですよ。

コロナの時に

とにかく みんな 飛行機に
乗らなくなっちゃったでしょ。

だから あの時に
大量に人員解雇したんですね。

で それが今 急激に
旅行する人が増えてきた時に

解雇した人たちを
呼び戻そうとしても…。

結果的に
ものすごい人手不足が起きている。

あるいは
ロシアによるウクライナ侵攻で

燃料価格というのは
値上がりしちゃってますでしょ。

その結果 いわゆる 航空会社の

燃油サーチャージという
あの料金も

非常に上がってしまった
というわけですよね。

まあ この状況が続くとですね

入国制限を緩和しても

インバウンドで
本当に来る人が増えるかどうか

ちょっと心もとないな
というところもあるんですね。

昭和の時代

今では考えられないニュースが
たくさん!

なぜ そんなニュースが
あったのか?

時代の流れだけではない
理由があるんです。

今では考えられない
昭和の働き方ニュース。

今は 仕事よりプライベートが大事
なんて聞くけど

実際に 若者は どう思ってる?

少なくとも。

正直

かなって感じですかね
今の世代だったら。

そういう子が多いと思います。

昭和の時代
仕事を経験した人は?

昔は 休みが週1日。
土曜日も働いた。

熱心に働く人を

「モーレツ社員」
「企業戦士」なんて呼んでいた。

また 社員を鍛えるため
こんな事をさせる会社も!

(小山)近いな… 距離が近い。

(カズレーザー)どっちからも
買いたくねえなあ…。

会社のために
朝早くから夜遅くまで

長時間働く事は当たり前。

だから

過労死は社会問題となり…。

労働時間の見直しや

週休2日制を導入する動きが
広まったといわれている。

昔の給料日といえば…。

現金が入った袋を
直接もらっていた。

だから

給料日やボーナスの日は

帰宅するサラリーマンを狙う
スリが多発。

特に 電車内で被害に遭う人が
多かったそう。

さらに 戦後最大のミステリーと
いわれる事件も…。

昭和43年 東京都府中市で

従業員のボーナス およそ3億円を
積んだ現金輸送車が

白バイ警察官に変装した男に
奪われた。

現金を運ぶのは危険とされ

銀行振り込みが広がった
といわれている。

(宇賀)はい。
カズレーザーさん どうでしたか?

昔は 猛烈に働いたっていうのは
ある程度…。

評価が 今よりわかりやすかった
っていうのも

あるんじゃないかな
って思いますね。

サービス残業って あの方は
おっしゃってましたけど

ただ それでも…。

…とも思います。

その 給料が…。

(上村)ごめんなさい すいません。
(一同 笑い)

(小山)いや そうね。
それがなかったら

ずっとそうだったかもしれない。
(宇賀)そうですよね。

犯人は捕まらず

お金も見つからないまま
時効となった

3億円事件ですが…。

お金を盗られた会社は
ほとんど損をしなかった!?

あの3億円ってね
従業員のボーナスだったんですね。

ちゃんと…。

(チャン)へえ~!
(小山)支給されたんですか?

どうしてだと思います?
なんで?

保険に入ってたからなんですよ。

保険 適用するんですね。

とにかく
もし 盗まれた時のために

保険に入ってたんですね。

なので
すぐに お金が下りたんですけど

その保険会社が また別の
保険会社に入ってたんですね。

そして この保険会社が さらに
海外の保険会社に入っていたので

結果的に
ここから フーッと出て…。

という事ですね。

今は 共働き世帯が増え

女性が働く事は当たり前だけど

昭和は…。

それで…。

女性は
結婚すれば家庭に入るもの。

会社を辞めるのが普通だった。

また 原則
夜10時以降は働く事ができず

残業時間も制限されていた。

なので 仕事といえば…。

…など 雑用が多く

給料も 男性より低く
抑えられていたんです。

時代とともに働く女性が増え
ニュースになったのが…。

採用や昇進で男女の差別を禁止。

女性が 深夜も
働けるようになったんです。

しかし 昔は
今では考えられない事が

女性の採用条件に書いてあった!?

こちら 「容姿端麗が第一」。

(小山)今 大問題じゃないですか。
でも これ 特にね

電話の交換手の条件に

「容姿端麗」って入っていたと。

電話の交換手って
顔が見えないでしょ?

なのに 「容姿端麗」って入っていた
という…。

なんで そんなに
容姿に こだわっていた?

例えば 丸の内の辺りの
大企業で働く女性を採用する側は

うちの男性社員の
良いお嫁さん候補を

探してたわけですね。

だから あの…
いわゆる ホントに

責任ある仕事を
与えられないわけですから

朝 とにかく
男性社員より早く来て

机の掃除をし お茶くみをし

社員が出てきたら
お茶を出しなさいね

というような
そういう仕事だったので…。

あれですよね 頭がいいから
ちょっと 生意気だって…。

なんか そうやって思われる
っていうのは

聞いた事がありました。
そうなんですよ。

だから 私が 高校の時に
4年制の大学に行くと

就職できないって
言われましたよね。

だから 学校の先生になるために

4年制の大学に
行かなければいけないけど

そうじゃない場合
4年制の大学を出ると

女子学生は
学歴が高すぎるといって

就職できないと…。

っていう
そういう時代でしたよね。

でも 今みたいに
女性が働かなくても

社会は成り立ってたんですか?

今では考えられない
昭和のお金のニュース。

今は 給料が上がらない時代

といわれるけれど 昭和は…。

やったわね!

ハハハハ!
ハハハハ!

来年は給料が増える!
それが当たり前だった。

実際 昭和40年代

日本人の年収は

10年で
3倍以上に増加。

国民から たっぷり税金が入るから
国もお金持ち。

今では考えられないほど
社会保障が手厚かった。

年金の保険料は

今の10分の1以下。

今みたいに老後の心配が少なく

来年には給料が増えるって
わかっていたら どうします?

そりゃ 1年後に給料上がる
って聞いてたら 使いますよね。

使っちゃいますよね。

昭和は お金が どんどん回って

景気が
どんどん 良くなっていった。

そんな時代が
日本にもあったんです。

昭和の終わり頃には

1本 数万円もする高級ワインが
ブームに。

500万円以上する高級車が
バカ売れ。

ペットは
100万円の高級魚。

あったね。

お金があり余ってた時代
だったからなのか…。

今では考えられない

(カズレーザー)出た。

まさか この

これで終わりじゃなかった。

わずか5日後に 同じ場所から

さらに9000万円!

(北斗)9000万だって。

合計2億3000万円以上の
落とし物を発見。

竹やぶやゴミ捨て場を
探し回る人が続出した。

(チャン)「次はオレだ」
(北斗)覚えてる…。

立て続けに2回出たの
全部 同じ人なんですけど

お金をもうけたのを
税務署に申告してなかったので

脱税で罪に問われるんじゃないか
と恐れて

隠し場所に困って
竹やぶに置いたという事件。

捨てたんではなく
置いたんですね これは。

他にも
捨てられた大金が発見されて

度々 ニュースに。

そんな景気が良かった昭和の時代

毎日 ニュースになっていたのが
この光景。

(北斗)うんうん 証券会社の…。

大人たちが群がって
何やら必死に手を動かしている。

これ 何してるところか
わかります?

上村さん。

(小山)上村さん いけるか?
(上村)なんですか?

なんだろう? 競りとかですか?

なんか
指を出してるのが見えたので…。

確かに競りだわ。
なんでしょう?

株の取引なんです。

今は パソコンでやるのが
当たり前だけど…。

当時は 証券マンが
手振りで売り買いしていた。

(上村)へえ~。

お客さんからの注文を受けた
証券マンが

いち早く注文を伝えるため

離れていても
ひと目でわかるように

様々な会社名を
手振りで知らせていたのが

この様子なんです。

(上村)すごーい!

では ここでクイズです。

当時の証券マンがやっていた
ハンドサイン

今もある有名企業ですよ。

(チャン)池上さんがやってくれるの?

(北斗)あっ わかった。
はい なんですか?

NTT。
はい そのとおりです。

(宇賀)はい そのとおりです。
(北斗)電話。

(チャン)なんだ? これ。

はい 有名な会社ですよ。
(北斗)3が後ろ…。

(宇賀)はい 小山さん。

三越。
はい そのとおりです。

(チャン)うわあ 「越す」って事だ。
(小山)よっしゃ。

(北斗)「越」か。

いきますよ。

(小山)あれ どうしました?
宇賀さん。

(チャン)かわいい。 投げキッス…。

キッスの事を
他で どういう言い方します?

(谷)チュウ。
チュウ。

チュウ。
「チュウ」が付く会社は?

伊藤忠。
はい そのとおり。

(石原)伊藤忠。
(宇賀)伊藤忠です。

宇賀さんのね 伊藤忠見れて
最高でした。

ああ ありがとうございます!

(小山)出た…。
(チャン)すいません。

年配の人には当たり前。

でも 若い人には信じられない!

お金が飛び交う景気のいい時代が
日本にもあったんです。

景気の良かった時代を
知らない人たちが

いっぱいいるっていうのが

なんか 腑に落ちないっていうか…
ホントに知らないの? って…。

だって
来年 給料上がるよね きっと

って なんとなく
みんなが思ってるから

景気が悪くても

いや もうちょっと頑張れば

また来年は
いい事あるよって

ホントに思ってるんだよ。

それを体験してないと…。

してないですね。
(石原)してないと

そういうふうに思わないでしょ?

(石原)だから そこが…。

そんな昭和に比べて 今は残念。

一体 何が違うんでしょうね。

っていう事だと思いますね。

基本的に…。

それをバブルとして捉えちゃえば
絶対 下がるんですよ。

そしたら 抜け出すのは
基本的に難しいっていうのは

結構 歴史が証明してるんで…。

バブルがはじけてしまったあとが

なかなか こう はい上がれない
という状態 ありますけどね。

まあ 一つ 大きいのは やっぱり

人口がどんどん減ってきている
っていう事がありますでしょ。

80年代までは
どんどん 人口が増えていた。

特に労働力人口が増え
若い人が増えるわけですから

消費する人が
いっぱいいるわけですよね。

そういう人たちが
どんどん どんどん 高齢化する。

少子高齢化が進むと

活発に消費活動する人たちが
減ってくるわけですよね。

そうすると やっぱり
ものが売れない

企業がもうからない
給料が上がらない

ものが売れないという悪循環が
続いてきている。

そもそも こういうもんだと思うと
先が不安なもんだから

とにかく ためておこう
というわけですね。

企業も同じ。

将来が不安だから

もうかっても
お金を使わない。

だけど 結果的に これ
コロナの時 よかったんですよ。

コロナで2年間
全く ものが売れなくなった時に

各企業は 内部留保があったので

それを取り崩す事で
潰れないで済んだという…。

なるほど。
(カズレーザー)日本企業は…。

その成功体験があるから やっぱ
給料 上げてくれないんですかね?

そうなんでしょうね。

リーマンショックの時も
コロナの時も

内部留保があったから
潰れなかったんだっていうのは

そう思ってると なかなかね…。

今では考えられない
昭和のニュースといえば…。

(北斗)ああ 怖い怖い怖い…。

中でも 身代金目的が多く

誘拐され 殺されるという

痛ましい事件が 度々 起きていた。

今でこそ

携帯や防犯カメラの映像など

色々な捜査方法があるけれど…。

昔は 捜査も大変だった。

その一つが…。

犯人からの電話をたどって
発信元を突きとめる。

これが 結構
手間の掛かる作業だったんです。

とにかく
よく 昔の映画を見るとね

犯人から電話がかかってくると
「とにかく電話を引きのばして!

引きのばして!」って
あれ なぜかというと…。

こちら ご覧ください。
電話がかかってきますでしょ。

そうすると
どこから かかってきたのかな?

まず

そうすると そこが
どこの中継局からきたのかな?

っていう事を突きとめて
今度は そこに捜査員が行って

さらに そこで
その先は どこですか?

って こうやっていると

どんなに急いでも
5分ぐらいかるわけですよね。

だから これ 何回か
会話を引きのばしていれば

結局 その犯人がいる電話局…
局内は わかるという

非常に時間がかかった
というわけなんですよね。

今は アナログからデジタルに
回線が変わった事で

逆探知は あっという間にできる
といわれています。

普通に
さかのぼればいいんだから

会話の時差って
ほとんどないから

マジで…
ほとんどないんじゃないですか?

1秒もかからない気がしますけど。

はい そのとおり。 答えは こちら。

1秒で逆探知。
(上村)1秒でできるんですか!?

はい。
ええ~ すごい…。

だから つまり 誘拐で
電話をして… なんていうと

電話をかけた瞬間に
犯人が どこにいるかって

わかってしまう。 だから

全く割に合わない犯罪になった。
という事ですよね。

昔は こんな事件も多かった。

窓口で現金を
やり取りする事が多く…。

今ほどは 防犯対策が
できていなかった事もあり…。

金融機関を狙った強盗が多かった
といわれている。

今は ATMが導入され

ボタンひとつで

警察に連絡がいくなど

セキュリティーを強化。

刑罰が重く

検挙率も高い銀行強盗は

大きく減っているのです。

そして 多くの事件で
活用されているのが

現場に残ったものなどから
犯人を見つけ出す DNA鑑定。

日本で導入された当時は

今ほど 精度が高くなかった。

だから

今では考えられないニュースが…。

DNA鑑定が
無実の人を犯人扱いする

冤罪を
生んだ!

1990年 栃木県足利市で

女児が行方不明になり 殺害された
足利事件。

殺害現場に残されたDNAが
一致すると

男性が逮捕された。

しかし 男性は無罪を主張。

DNA鑑定のやり直しを求め

逮捕から18年後
再鑑定を行った結果…。

一致しない事がわかり
無罪となった。

30年ほど前の技術では

自分のDNAが
他人と一致する確率は

およそ1000人に1人。

それが 今では…。

現在は こちら。

京人…?
(チャン)そんなにいないやん もう…。

ゼロがいくつ?
って感じですよね。

そこまで 精度って
上げられるんですか?

できるんですね。

科学技術が発展し

何げない行動が
危険に巻き込まれる可能性も…。

よく 皆さん すぐ…
ピースやるでしょ。

ピースやると
今 この携帯電話のスマホの…

これ ものすごく
精度がいいですから これで…。

(北斗)やだ~!
(チャン)これで!?

これで 指紋で再現してですね…

ほら 指紋認証で
色んな事できる人がいるでしょ。

あれで 実際に使われますから。

(チャン)カメラの この…

じゃあ 4K8Kになって
こうした時に…。

(小山)今 もう もう もう…。
(チャン)もう頂いた?

(小山)もう頂いてる…。
(一同 笑い)

人が誘拐されなくても
情報が誘拐される。

情報が盗み取られる時代なのでね

SNSに載せる写真には ホントに
くれぐれも注意しましょう。

今では考えられない
昭和の政治ニュース。

そうですね。
なんか こう…。

こんな光景。

細川律夫君 高木義明君…。

(北斗)うん そうそう そうそう…。

法案を巡って 取っ組み合い。

(小山)通らないようにね…。

バリケードを作って
立てこもる議員。

(小山)おおっ きたきた…。
出た。

(北斗)あったね これ。

バリケードを破って
大暴れする議員。

いいか? 断っとくけどな…。

だから
国会で働く職員のために…。

乱闘手当が支給されていた。

ケガに備えて
給料1カ月分を上限に毎年支給。

そのくらい 昭和の国会は
危険な場所だった。

そんな中
よくニュースになったのが…。

なんのために
こんな事をしてると思う?

谷さん。

えっ あの…

議決とかが決まるまでの
時間稼ぎとか…?

そう 法律を決める投票で

成立させたくないから
わざと ゆっくり歩いて

時間切れを狙っているんです。

(小山)これ やる勇気 すごい。

もし トイレに
行きたくなった時のため

オムツまでしていたんだとか。

政治家の職権乱用も ひどかった。

急行止める。 大臣のひと声。

60年代 道路や鉄道を管轄する
運輸大臣になった

荒舩清十郎議員。

国鉄に圧力をかけ

地元の駅に
急行が止まるように

ダイヤを改正させた。

(小山)
めちゃくちゃだな。

その事実が明らかになった時の
言葉が…。

「私の言う事を

一つぐらい聞いてくれても
いいじゃないか」。

そのくらい 職権乱用が

当たり前に行われていたんです。

今も聞くけど
昭和は もっとひどかったのが

汚職や賄賂のニュース。

今では考えられない
こんな大事件も。

現職の総理が
5億円の賄賂を受け取った…。

「ロッキード」って
なんだか知ってます?

アメリカの航空機会社の名前。

ロッキード社製の航空機を
買うように

日本の航空会社に働きかけ

その見返りとして

5億円の賄賂を

受け取ったとされる事件。

人気も実力もあった元総理が
逮捕されるという

大スキャンダルでした。

他にも 今では信じられないような
政治とカネの問題が

度々
ニュースになっていたんです。

(宇賀)上村さんは
昔の乱闘騒ぎとか

ケンカの様子を見て
どう思いました?

(宇賀)そうですね。

まあ 今も汚職はありますけど

昔はスケールが大きかったんだな
という感じがしますが…。

やっぱり お金の管理が

今よりも甘かったんじゃ
ないかなと思いますよね。

でも えっと…
地元から議員を出すって

結局 自分の所に…

便利にしてほしいっていう声を
聞くっていうので…。

そんなに 昔は
珍しい事じゃないというか

それが目的で 地元から 議員を
出してたとは思うんですよね。

一つ大きいのは 選挙制度が

変わったからじゃないか
といわれているんですね。

以前は中選挙区制でした。

1つの選挙区で
何人も当選するわけですよね。

そうすると 同じ政党の候補者が
何人も出るわけですよ。

だから 全然
対立にならないわけでしょ?

そうすると お金をばらまいて
支持を得ようとか

私が当選したら道路をかけますよ
みたいな

利益誘導というのが
どんどん出るわけですよね。

そのためのお金が
必要なもんだから

お金を出してあげますよというと

喜んで そのお金を
受け取ってしまうという人たちが

大勢出たという事なんですね。

そこで 選挙の仕組みを変更。

1つの選挙区で
1人しか当選しない

今の小選挙区制が導入された。

これなら
他の政党の候補者と争うので

政策の中身を競い合う。

選挙区の範囲が狭くなるので

必要なお金も少なくて済む。

そのため 昔に比べると

汚職が減ってきたというわけ。

しかし 別の問題が…。

政治家が
小粒になったんじゃないか。

つまり 例えば 小選挙区だと

1つの県の中が

いくつもの選挙区に
分かれるわけでしょ。

そうすると そこの選挙区の事しか
考えなくなる。

そうすると 県知事の方が

よっぽど全体の事を
考えてるんじゃないかとなる。

小さな… 小選挙区の事しか

考えないように
なってきたんじゃないか。

あるいは
そこの公認をもらえれば

必ず当選するって選挙区が
あるわけですよね。

そうすると
その公認をもらうために

そこの党首だとか幹部の

言う事を聞きますと。

幹部に逆らったりしません。

それで
公認をもらえれば当選できる。

って事は
議員になれないんじゃないか。

っていうと とにかく…。

そういうふうに
なってしまったんじゃないか。

そういう指摘もある
という事ですよね。

(矢沢)《今日何かを始めれば

明日が変わる。》

《変わります。》

<「実感年齢」で いきましょう。>
いきましょう。

<エネルギッシュに。
サントリー「セサミン」>

中国のイメージといえば
Z世代は…。

…って感じがしますね。

…っていう印象です。

今は 最先端のイメージも
多くなっているけど…。

昔の中国といえば…。

…というようなイメージが
ございましたね。

昭和の中国は
今とは全然違う国だったんです。

今年は 中国との国交正常化
50年という事で

ここからは 今では考えられない
中国を見ていきましょう。

この光景。

自転車だらけで…。

同じような服を着ている

ちょっと不思議な大家族。

そんなイメージが強かった。

それが変わったのが

日本中が大騒ぎした
このニュース。

そう パンダがやって来た。

今でこそ テレビや動物園で
気軽に見られるけれど…。

当時

だから 動物園には…。

(北斗)わあっ! すごい!

このパンダ 日中友好の証しとして
中国が送ってきた

いわば 親善大使。

この年から 日本と中国の

正式なお付き合いが
始まったんです。

昭和50年代から 食習慣や文化が
どんどん日本に入り…。

(北斗)すごい いっぱい…。
何? あれ。

中国というものが

ちょっとずつ
わかり始めてきたが

中国といえば…。

(チャン)ウソ!
(北斗)おおっ…!

中国といえば雑技団。

中国といえば
ずーっと こんなイメージだった。

さらに 昭和の中国を象徴する
ニュースの一つが…。

ああ よかった よかった。

中国大陸に住んでいた
多くの日本人が

戦争の混乱で
肉親と離ればなれになり

日本に帰る事もできず
取り残されていた。

国交正常化をきっかけに
その人たちを捜し出し

家族と再会させる取り組みが
進んだのです。

さらに 中国といえば…。

人口が増えすぎて
食料不足になってしまうと考え

昭和50年代から
子どもは原則1人とされていた。

今は もうやっていませんが
結構 最近まで続いていたんです。

そして 衝撃的なニュースが
飛び込んできた!

中国は
共産党が権力を持っているため

逆らえないというイメージが
あるけど…。

1989年に こんなニュースが
飛び込んできた!

中国で 民主化を求める
大規模な運動が起きた。

それに対して中国政府は…。

国民は軍隊に押し潰され
多数の死傷者が発生。

このニュースが
多くの日本人に

中国の恐ろしさを
深く印象づけたのです。

(石原)僕は ちょうど
この天安門事件の寸前に

中国に初めて行ったんですよ。

それで デモをやってて。
で 僕の中では やっぱ

中国でデモをやるって
珍しいなって…。

デモなんかできるのかな?
っていうぐらいの思いでいたので。

そしたら 日本に帰ってきたら

あれよあれよという間に
色んな事がわかってきて

それで この戦車の弾圧に
繋がっていくんですけど。

さっき 一番驚いたのは

若い人にとって 中国ってのは
ハイテクの国だっていうのと

僕らは 「パンダが来ました」
「天安門が…」

それでも よくわかんなくて…。

人民服を着て それで

米ソ対立があって
第三極みたいにして…。

ジェームズ・ボンドでも
謎の国って

中国みたいなのが
出てくるんですよ。

それぐらい もう
とにかく わかんないものは

世の中で わかんないものは
全部 中国に落とし込んで

なんか 表せてた時代が
あるんですよ。

だから 天安門事件の時に

「そりゃあ 中国は やるわな
そういう事」っていうのが一つと

そのあと やっぱり 経済発展を
驚異的にしていったっていう…。

実は この天安門事件が
中国発展のきっかけに!?

民主化を求める学生たちを
武力で鎮圧する…

許せないっていって
世界各国が経済制裁するんですね

中国に対して。

結局 中国が

海外から色んなものが
入ってこられなくなるっていうと

自力で
なんとかしなければいけない

という事になるわけですね。

いわば

経済制裁により
世界各国と貿易ができなくなって

経済が最悪に。

そこで 中国は

元々 社会主義で
みんな平等。

働いても
働かなくても

同じ給料だったのを

自由主義経済の要素を

積極的に導入する事にしたんです。

その結果 みんな 競って
商売をするようになり…。

30年前くらいから 中国の経済は
どんどん発展していった。

そして 日本人をビックリさせた
あの出来事が。

急激に発展してきた中国。

特に 日本人をビックリさせた
ニュースが…。

まさか

2010年 GDPで日本が抜かれた。

日本人にしてみれば

ちょっと前まで 中国に

経済で勝っていると
思っていたのに…。

(北斗)うわあ すごい。

それまで

パクリ商品だらけ。

そんなイメージを持つ人が
多かった。

しかし 今では…。

今や 中国製品は
スマホや家電など

白物家電などの電化製品シェアは

世界一。

お金持ちの人数も

アメリカを抜いて
世界トップに。

少し前まで
自転車だらけだったのに…。

(小山)このイメージ。

今や 科学も経済も
最先端の国なんです。

急激な経済成長。

そこには こんなからくりが。

海外にしてみると
中国って 人口が多いし

現在は14億人になってますからね。

ものがたくさん売れるし…。

あるいは
昔は ホントに貧しかったから

そうすると 中国に工場を造れば
非常にコストが安くて作れるよね

という事になり
結果的に どんどん

海外の色んな企業が
中国に進出するわけですよね。

そうすると 中国の工場が

そのブランド品の作り方を
学ぶわけですよね。

こうして ブランド品の…。

もう 様々なものの
パクリをするわけですね。

まあ 良く言えば
海外の様々なものを研究して

似たようなものを作っていった
という事ですけど…。

で そのうちに 今度は それを
しっかり自分のものにして

高品質のものを自ら作り出す事が
できるようになった。

さらに 中国のお金にも
発展のからくりが…。

中国の人民元 これを意図的に
安く 実は 設定した。

意図的…?
今 円安 ドル高って…。

同じものでも
海外では安くなるので

たくさん売れる。

でも 各国のお金は その時々で

高くなったり安くなったり

いつも変化するもの。

それなのに 中国は 意図的に
人民元を安く設定したんです。

勝手にしちゃって いいんですか?
できるんですよ。

(小山)…えっ?
いやいや

どこの国も やろうと思えば
やれるんですけど

まあ 世界の先進国は
そういう事はしないで

外国為替のレートは

自由にしましょうって
やってますけど

日本も この前
介入したでしょ 政府が。

円安が進みすぎたからって
介入したでしょ。

だから 中国は もう 最初から

人民元は1ドルいくらって
しばらく決めてたんですよ。

そうすると 輸出する上では
ものすごく安いわけでしょ。

こうして 世界に どんどん
色んなものを輸出したわけですね。

で アメリカが
それに対して怒って

為替レートを管理するな
っていう事になったので

今は ちょっと緩めてですね

一定の割合なら
ちょっぴり変動はできるよという

管理変動相場制という
やり方をしてます。

基本的に 人民元は だから

中国の貿易に都合がいいように
しているという…。

それによって中国が
多きく発展したという事ですね。

こうして 目覚ましい発展を遂げ

今年 日本と
国交正常化50年を迎えた中国。

今年 日本と中国は
国交正常化50年。

今や 経済的にも軍事的にも

こちらです。
中国共産党大会。

中国って
中国共産党が何か決めれば

全て それで
中国は決まるわけですよね。

その党大会が… 5年に一度が
まもなく開かれる。

ここで 一番注目されているのが

現在の習近平総書記。

この習近平さん
現在 69歳なんですね。

中国共産党は これまでの慣習で

68歳を超えていたら
再任されない

っていう事になっていたんですね。
じゃあ ダメじゃん。

だから これまでの慣習で言うと
習近平さんは69歳だから

再任されないんだろう
って思っていたら

どうも その定年のルールを破って
3期目を目指すんじゃないか

というのが 今 注目されている
という事ですね。 つまり…。

法律で… いや 憲法に
定められているのではないので。

なるほど。
だから 慣習を破って

さらに
3期目に入るんじゃないか?

それによって心配されるのが
権力が集中しすぎて

独裁が強まるのではないか?
という事。

ただでさえ 独裁的な強い力を
持っていますから

一段と強い力を持ち

こう 誰も逆らえないという形に
なっていくんじゃないか?

それによって 今度は
GDPで日本を抜いたけど

今度は アメリカを抜いて

世界一になろうと
しているわけですよね。

実際には 2030年ぐらいに
なるんじゃないかと

いわれているんですけど
それぐらいには もう

中国がGDPで世界一。

世界一の経済大国になるような
勢いなんだという事ですね。

昭和の時代とは 大きく
常識が変わったという事ですね。

池上さん これ 中国が
GDP世界一になったら

なんか 大きく変わる事って
あるんですか? 世界的に。

基本的に
中国の経済力が大きすぎると

どこの国も中国に逆らえない
という事に

なりかねないわけですよね。
そういう事なんだ…。

つまり
中国の方針に反する事を言うと

いきなり 貿易で嫌がらせを
受けたりするわけですよね。

だから 例えば
オーストラリアの 前の首相が

武漢で起きたコロナのウイルスは

本当は どうだったのか
調べるべきだって

前のオーストラリアの首相が
言った途端 中国は

オーストラリアから 色んなものを
輸入しなくなりましたから。

オーストラリア…
大きな打撃を受けたわけですよね。

つまり 中国のやり方に

政治的な問題について
批判をすると

経済的な大打撃を受ける
という状態。

色んな国が 今 そういう事に
なっているものですから

表立って中国を批判できない
という国が

今 いっぱい増えているんです。

2030年までに
中国が世界一になるかもしれない。

これに対して アメリカは
どうなんですか?

色んな中国製品たたきを
今 やっていますよね。

トランプ前大統領の頃から
それ始めたんですけど

今のバイデン大統領になっても
それを受け継いでいますよね。

とにかく 中国の経済が
これ以上 発展しないように

必死になって抑えているのが
アメリカというところですけど。

僕が最初に行った中国は
日本のODAで

空港を造っていたんですよね
北京空港を。

考えてみたら
天安門の寸前だったけど

そこに
発展途上国に援助という事で

日本が お金を出していたのが
ちょっと前だっていうのが

本当に信じられない…。
そうですよね。

最終的に
なくなりましたけどね。

ずっと 開発途上国だからって
支援してたんですよね。

(石原)その辺が なんか…
なんかね

よくわからないですね。

今回はね 本当に 若い人はね

ええ~! そんな時代だったの…
っていうのと

やっぱり 年輩の人はね
ああ そうそう! というね

両方の世代が楽しめる番組に
なったのかなって思いますし。

今 様々なルールがある
法律があるのは

実は 過去に 昭和の時に
こういう事があったからなんだ

という そういう歴史をね
ちょっと振り返る事によって

今というのをより深く

見る事ができるんじゃないかな
と思っています。

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