出典:EPGの番組情報
徹子の部屋 夏木ゆたか[解][字]
~“早口トーク”健在の名司会者!70歳で初婚を~夏木ゆたかさんが今日のゲストです。
◇ゲスト
“早口トーク”で一世を風靡した名司会者・夏木ゆたかさんがゲスト。
◇番組内容
現在73歳。実はもともと歌手でデビューしていたが、全く売れなかったという過去も告白する。そんな夏木さんは、45年前に知り合った女性と2019年に結婚したばかりだった!しかも2人は初婚同士だという。しかし、なぜか現在「別居婚」の形をとっているそうで、黒柳さんに今後のことを相談することに…。はたして、黒柳さんの答えは!?
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
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- 一生懸命
- 奥様
- 徹子
- 部屋
- お願い
- テレビ
- マネジャー
解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)
さて 今日のゲストは この方です。
テレビご覧の皆様方
お変わりありませんか?
私 夏木ゆたかでございます。
最近は街を歩いていましても
見ていた方が
最近 テレビ出ないわね
芸能界 辞めちゃったのかしらと
お思いでしょうけども
今日は
『徹子の部屋』の出演ですので
精いっぱい頑張って
しゃべります。
どうも こちらへおいでください。
…というような
マシンガントークの司会で
かつて 一世を風靡した
現在 73歳 夏木ゆたかさんで
いらっしゃいます。
ようこそ おいでくださいました。
こんにちは。
本当に 早いですね 今でも。
すごい。
今日は 3年前に実は
初めての結婚をなさった
という事で…。
なんと 70歳で
結婚あそばせましたものですから。
お相手と知り合ったのは
しかも 45年前なんですって?
そうですね。
そのくらいになりますね。
すごい。 詳しい話は のちほど
じっくり伺いますけども。
代表作といえば
『スターどっきり報告』ですよね。
はい。
それから そのリポーターと
『女ののど自慢』の司会とか。
はい。
1993年 29年前にですね
1回 出て頂いているんですけども
ちょっと ご覧ください。
「夏木ゆたかさん
今日のお客様です」
「よろしくお願いします」
「こんにちは。 はじめまして」
「では 夏木ゆたかさんに
お願い致しましょう。 3 2 1」
「さあ 日本の皆様方
お元気でしょうか?」
「私 夏木ゆたかでございますけど。
今日朝5時半に起きましてですね
お茶を1杯飲みまして
『徹子の部屋』に出るというので
母親に電話してみたところ
母親がですね まあ それで
黒柳さんに迷惑をかけないように
頑張るように言われました」
「なんせ『徹子の部屋』に来ますとね
私の大先輩の黒柳さんが
私よりも早く ベラベラ ベラベラ
しゃべるんじゃないかと」
「でも 脳の回転がいい方ですから
私が それに向かって スタジオの方で
うまくしゃべれるかどうか
わかりませんが 乞うご期待!」
「皆様 おわかりになりました?
私は わかりましたけれども」
「わかって そして
早いっていうのじゃなきゃ
意味がないんだから
そりゃ すごいですよね」
「私は そんな… そんなふうには
しゃべれません」
フフフ。 びっくりしたわ 今 私も。
あれから ずっと あの調子?
そうですね。
でも お母様から注意された事が
あったんですって?
はい。
「普段 しゃべっているお前は
とてもいいと親ながら思う」と。
「でも 余計な事を
しゃべりだした時に
失敗するんで
余計な事をしゃべらない
っていう事を
いつも頭の中に入れときなさい」
って言っていました。
『徹子の部屋』に出られたら
大したもんだっていう
そういう意味での喜びは
すごかったですね。
同じ頃 このような番組も
出ていらしたんですよ。
間寛平さんと
コントやっていらしたんで
ちょっと ご覧ください。
ありましたね。
「(ノック)」
「カモン プリーズ ヘイ
ミスター オーケー」
(間)「ホワッツ」
「ホワッツ」
「うわー 動物が来た!」
「(観客の笑い)」
「いや… いやー
久しぶりじゃないの」
「…元気?
赤いネクタイなんかして」
「最近は人間らしい生活してる
って うわさじゃない」
「昔の時はさ 大阪かなんかで
なかなか 夏木さん
東京で友達がいないから
よろしく頼むわって言ってたのに
今じゃ 映画も撮っちゃうしな
モンキーダンスかなんかの映画で」
「そうそう」
「なんていったかな?」
「飯島直子ちゃんとか出て。
見ましたよ この間」
「まあ コーヒーでも飲んで…。
お茶しか持ってこなかったの?」
「どうしたの? なんか
ちょこっと欲しかったのに」
「ステーキかなんか ドンドンっと。
入りなさいな。 ちょっと…」
「持ったまま入られへん」
「そうそう。 あっ そう」
「入りなさいな 寛平さん」
「やかましいねん」
「君 よう しゃべるね」
「僕 しゃべりますよ」
(間)「しゃべりはね…
男のしゃべり みっともないで
ほんまに」
「いやいや…」
あの時 面白かったですか?
間さんとお出になって。
大先輩ですので…。
ただ 出るヤツ 出るヤツが
ディレクターさんが みんな
「頼むね。 ボーンだよ」
「勢いだよ」って いつも
どなたも押すんですよ。
だから 勢いじゃなく…
大先輩に失礼で
あとで言われるのも嫌だなと
思ったんですけど
勢いだからねって。
それで使っているんだからね
みたいな事があるんで
ボーンと出るんですよね。
なるほど。
でも 当時はレギュラーが
何しろ 最高15本以上。
はい。
昔から早口でいらしたんですか?
そうですね。 いや 早口は
ある時からだったんですけども。
それまで 僕は割と
野沢那智さんとかが
好きなぐらいでしたから。
ああ。
きちんとした おしゃべりができて
まとめて
それで 人を説得できるというのが
話術だというふうに
教わっていましたんで。
ええ。
その形をやっていたんですけども。
ある ひょんな事から
ポンと変わったんです。
ひょんな事っていうのは?
『スターどっきり報告』
っていう事に
一生懸命 売り込んでいて。
テレビに出たくて 出たくて
それで 売り込んで 売り込んで
売り込んだ揚げ句に
やっと使ってもらえる
っていう事になりまして。
レギュラーっていう形
もらいましたから。
レギュラーで
おしゃべりを毎週のように
きちんと しゃべっていまして。
自分としては
生放送を うまく
きちんと まとめられて
小野ヤスシ先輩とか
青空球児先輩なんかは
うまいな やっぱり大したもんだよ
とか言われていたんで
意気揚々としていたんですけど
ある時に
ディレクターに呼ばれまして。
公開放送だったもんですから。
「夏木君ね
きちんと しゃべってくれるのは
すごく うれしいんだけど
お客さん
沸いていないんだよね」って。
「君だけなんだよ」って
「リポーターで沸かないのは」って。
あっ そう。
ええ。 だから もう その…。
なんていうの。 それだったら
アナウンサーを使えば
いい事だから
使った意味がないんだよ
っていうふうに
怒っていらっしゃるんで
これはクビになるかななんて
思いまして。
で この次から
2~3週 見させてもらうけど
っていう事だったんで。
自分で考えて考えて
どうしようもないなって
思った時に
和田アキ子さんの
ドッキリがあったもんですから。
和田アキ子さんを隣にして
もう ヤケクソな気持ちが
ありましたんで
アッコさんを
今日 だましてきました。
アッコさんをですね…
アッコさんも驚いて ドドドドと
バーッと しゃべったんです
夢中になって。
そしたら 前のお客さんが
みんな キャーッてやって
終わって それで 帰ったらば
ディレクターさんが
「あれでいいんだよ」って。
あっ なんだ。 うん。
それからは もう
早くしゃべろうというのを…。
それから ずっと。
はい。
そうなんですか。
それはそうなんですけども
随分 すごいのは
3年前 70歳で
結婚なさったっていうのは…。
お相手は何歳違いで?
3つ違いです。
あっ 3つ違い。
はい。
そうすると 67?
67歳ですね。
その時に 互いに初婚です。
奥様の67歳も初婚?
はい。
へえー。
すいません。
知り合ったきっかけは どういう?
私がデパートの司会を銀座で…
三越という所で
ずっとやっておりまして。
それを よく みんな 学校帰りとか
それぞれ 会社の方々が
時間が空くと
見に来てくれたんですけども。
その時に
見ていたらしいんですけども。
それで なんか 休み時間の度に
通っていたみたい 友達と一緒に。
そういうのが
きっかけだったんですけど。
会うのは
全然 のちだったんですけども。
それで のちに お会いになって。
はい。
それが 数十年とか
数年も経ったりなんかしていて
で 自分が そういえば
あの子 いたなとかって
思いながら
おしゃべりをしていて。
でも なんか あんまり 余計な事
言わない人なんですよね。
私 余計な事 言うんですけども。
といって だから 僕を すごい
熱烈に好きな… っていう感じも
受けないんですよ。
大体 僕は
結婚適齢期っていうのは
自分で70歳と決めていましたから。
あっ そうなの?
はい。 世間では認められないと
思うんですけど。
自分の中で 70歳になったらば
なんか 自分の変化が起きて
考える事が出るかなと
思ったんですよ。
その時に ふと思っていて。
あっ そうか。
じゃあ あの人 結婚する気とか
そういうのあるのかな?
とかって思って 聞いてみたら
あるっていうほどの事は
言わないんですよね。
ただ ないとも言わないぐらいの
感じだったんですけども。
それを でも 頂いて
じゃあっていうんで
自分がしよう
っていう気持ちになって
婚姻届っていうんですか?
それを友達が
取り寄せてくれましたんで
一応 それ
する気があるんだったら
これにサインしておいてって
渡しておいたんですけど。
ずっと それ
郵送されてこないもんですから
その気 ないのかなと
思っていたらば
ある時 郵送されて そしたら
名前も書いてあったんで…。
ええー。
あとは じゃあ
届けに行くのは
自分の自由だと思いまして。
ええ。
自分でバッグの中に入れたまま
いつ しようかなとかって
思っているんですけど。
これも マネジャーさんとか
みんな タレントさんは
一緒に行ったりとか
そういう事をするとかいうけど。
それだと人にバレちゃうから
そっと行くのがいいなとか
考えていたんですけど
ちょうど ある日…
なんだか ある日 ふっと
今日 行こうかなとかって
気持ちになりまして。
で 彼女に
許可も何も取らないまま…。
持っていますから。 で 役所に…
ある役所に行ったんです。
それも なるべく
夕方の6時過ぎだったら
もう いないでしょうと
思いまして。
そこに行ったらば 守衛さんが…
裏口から入ってきましたら
お弁当を食べていて。
「なんでしょうか?」って言うから
「婚姻届を届けに来たんですけど」
って言ったら
「あっ はいはい」って言って。
また後ろの方の人に
「あの すいません。
婚姻届 持ってきたらしいんで
お願いできますか?」って言ったら
後ろの方も弁当 食べていて。
なんだよ
こんな時間にみたいなふうで。
で 出てきて頂いて
「お座りください」って。
ガラーンと こう ずっと
誰もいないんです 当然 役所で。
その中で2人でポツンと…。
「お願い致します」って こう言って
その用紙 見て。
「あのね こことさ こことここ
これ 書き方 違うの」。
「あっ すいません。
申し訳ありませんでした」って
謝って。 とにかく 私としては
いっときも早く
その場を逃れたいんですよ。
謝るのが一番だと思って
「申し訳ありません
申し訳ありません」って言って
一生懸命 書いて
「これでよろしいでしょうか?」
って言ったら
また その人が 「うーん」って。
そのうちに 年齢とかを
見たんじゃないですかね。
ただ 明らかに 自分より
年上だと思ったんじゃないですか。
パッと見た瞬間
この若造みたいに見えて。
そしたら それから
急に言葉遣いも変わられて
「うーん…。 よく間違うんですよ
こういうのはね
慣れていないでしょうから。
これで大丈夫ですから」。
で 奥さんも初婚って これ見て
おかしな夫婦だなと
思ったんじゃないですかね
67と70で初婚同士で。
これで 1人で届けに来て。
また ずっと見て 「はあー」。
「今日 奥様は?」って言うんで
「奥さんは 今日 来なくて
僕 1人で」。
「ああー そうですか」って言って
それから だんだん なんか
気の毒だなみたいな口調に
なってきまして。
ハハハハ…。
「ああー 大変だったですね」って。
小さい頃から 歌が
お好きだったそうですけども。
どなたのファンだったんですか?
最初 橋幸夫さんを見て
かっこいいなと思って。
橋さんは ただ
年齢が違いましたんで。
普通にかっこいい歌手の人が
いっぱい出てきたなと
思ったんですけど。
舟木一夫さんと
三田明さんを見た時に
ああー 歌手になりたいな
っていう気持ちが
どういうふうな…。
なんで
そういう気持ちになったのか
今 当時の事を思うと
信じられないんですけども。
そういうふうに
パッと働きましたね。
そうですか。 なんか 髪形も
マネたりしたんですって?
そうです そうです。
学校でも
「お前 マネしているのか?」
とか言われて。
でもね 可愛いですよね。
これ 高校生の頃。
これ 前髪
一生懸命 垂らして
それで こっち側の
片方の方を短くして
それで ここだけ伸ばせば
舟木さんになると思って。
のちに 舟木さんに
お聞きしたら
なんか パーマで…。
「パンチパーマで
こっちを切らないで
横にしていただけなんだ」
って言われて。
そうなんですか。
でも まあ 歌手になるべく
レッスンを色々なさいまして。
それで 川口豊っていう名前で
最初は。
それで デビューなさいました。
歌手デビュー。
『愛のかけら』という曲で
一番最初…。
ちょっと聴いてみます。
おっ…。
♬~「愛のかけらの貝殻は」
♬~「涙 なぎさに」
♬~「流れ着く」
もう すぐ売れると思った。
それで メイク道具や
サングラスなんて
全部 買っちゃって準備万端。
意気揚々として
発売当日を待ちました。
都内のレコードを
回ったんだけども
どこにも
レコード なかったんですって?
友達が車を持ってきてくれて
オープンカーで。
それで 「行こう」って言って
都内 回ったんですけど
どのレコード店へ行きましても
レコード店主の方が
「あっ そうなの? 本人?」
「クラウンの川口さん? はい」
って言って調べてくれるんですよ。
あ行 か行って
こうやって やっていて
「川口のとこ あるね」って言って
「『愛のかけら』」って。
「本当」って言って。
「うちにはないよ」って。 これで…。
「うちにないって レコード
入れてくれないんですか?」って。
「いっぱい いるからね。
レコード会社の方から
推されたレコードしか
置いていないから」。
うわー かわいそう。
はい。 かわいそうだったです。
でも 結局 三越のイベント
歌手の司会というのを
やむなくやっていらした
っていう感じ…。
一番 最初 とりあえず…
だらしがない話なんですけど。
三越さんに デビュー曲の
歌手としては 一応 使って頂いて
アイドル歌手として
1回 出たんですよ。
で 1回 出て… 歌手として出て
全く仕事が もう…。
1カ月間 電話の前で
ただ待っているだけで。
これは もう
どうしようもないなと思って。
それで 自分で あっ そうだ。
銀座三越で
司会に使ってもらったらば
きっと 銀座の4丁目だから
日本全国から
色んな人が見に来るんで
あそこで人気者になっても
一つの手があるなと思って
頼みに行ったんです 銀座三越に。
それで
偉い方とお会いしましたら
「そういう前例はないから
使えないけど
念のために
君に聞きたいんだけど」。
「君は歌手として ここに出て
それで 同じキャンペーンに来る
新人歌手を
君が司会して
悔しいと思わないのか?」って
その部長さんが
私ごときなのに興奮してくれて。
「いや 悔しいですけど
でも 仕事がないのも
困るんですよ」って。
「だから ここで
毎日 使って頂いて
一生懸命 司会をして
それでも またチャンスが
来るかもしれないから
お願いします」って言ったら
「あっ そう」って
「そういう考え方もあるんだ」って。
「じゃあ タレントさんとしては
使えないけど
アルバイトとして
1時間 何十円で
それでやってもらって
6時間勤務でいいんだったら
使います」っていう事で
僕 アルバイトとして…。
あっ そうだったの。
それで 司会業を…。
そしたら 皆さん
出てくるわけでしょ?
どんどん。
そうです。 錦野旦さんから
野村将希さんから
南沙織さんから
みんな 出てくるわけですよ。
うわー。
それを「どうぞ どうぞ」って
毎回 司会するわけですね。
だから だんだん 自分も
毎日 絶えず
新しいセーターとかなんか
着て行って
自分も目立とうと思って
頑張って。
だから
歌手のマネジャーによっては
「目立ちすぎだよ 先に」とか
言う人もいるんですけど。
ご存じないでしょうけど
最初 デパートで
しゃべっていると
お客さんが
誰も集まらないんですよ。
あっ そうね 初めはね。
有名な人じゃないと。
私が始まる前に ずーっと
おしゃべりするんですよ。
10分でも 15分でも
こういうふうにしゃべって。
で お客さんが ある程度
集まったなと思ったら
「歌手の方 どうぞ」って
言うんです。
それが だけど 裏では
歌手の人は見えないんですよ。
それなのに… だから
その歌い手のマネジャーが
「いつまで しゃべってんだよ。
早く紹介しろよ」
「お前ばっか目立って」
って言うけど 私は…。
皆さんが盛り上がるまで…。
そうです そうです。
そういう事をやった事が
今 思えば 勉強になりましたね。
すごいですよね。
でも そうこうしているうちに
ペギー葉山さんが 声をかけて
くだすったんですって?
ペギーさんが
屋上にも お出になったりして。
その時は他の司会者の方なんかが
やっていたんで
いいなと思っていたんですけど。
なんか 買い物を兼ねて…
私 2階のステージ
だったんですけど。
お通りに
なったらしいんです。
それで そのあと
マネジャーの方が
「ちょっと」って言うから
「はい」って言ったら
「実はさ
うちのペギーが
君を司会に使いたいって言うんだ」
って言って。
「今度 渋谷公会堂で
『雲よ風よ空よ』の
リサイタルをやるから
それの司会に 君 使いたいんだ」
って言うから…。
それで 引き受けたものの
それから 三越の司会もしながら
なんか… 毎日 毎日
間違えたら どうしよう
リサイタルの… ねっ。
ペギー葉山…。 今でこそ
ペギー葉山 リサイタル!
ってやるのを その時は
ジャンジャン ジャンジャン
ジャンジャン ジャンジャン
ジャーン ペギー葉山! って
出なきゃいけないわけですよ。
その時に ジャンジャン
ジャンジャン ジャンジャン
ジャンジャーン
ペ ペ ペ ペ… とかやったら
終わりじゃないですか。
フフフフ…。
もう 張り裂けんばかりで
いましたら
本番の そのどんちょうが上がる
その目前に
後ろ側に
そっと影が来たなと思ったら
ペギーさんが
肩をトンッとたたいて
「元気でいこうね!」って
言われたら スーッと引いて。
「ペギー葉山 リサイタル!」って
こう出たんです。
言えたの。 ようございましたよね。
それから なんか だんだん
大物歌手の司会をするように
なったんですって?
すごい。
だから 本当 ペギーさんの
そのステージを… 使って頂いた
っていう事が ほんの…。
それからも 色んなお仕事も
日本全国 行く時にも
使って頂いたんですけど。
あっ そう。
空港なんかでもお会いすると
ペギーさんが いつも
奇麗なお召し物で
「ご機嫌よろしゅう」とか
こう いらっしゃると うれしくて。
ペギーさんね 亡くなったの
本当に残念だったけど。
でも 10年前に
共演なすった映像があるので
ちょっと 見て頂いて
よろしいですか?
「皆さんの声援と
それから 応援があってこそ
『キング』の歴史を
語るようになったと思います」
「80年の歴史 語る時に
この方を欠かすわけには
まいりません」
「『南国土佐を後にして』
ペギー葉山さんです!」
うわ すごい。
♬~
「(拍手)」
この時に
段から下りてくるところの
手を取れた事が 本当 幸せでした。
そうですよね。
「(拍手)」
♬~「南国土佐を 後にして」
♬~「都へ来てから 幾年ぞ」
いい方でしたよね。
はい。
優しくてね。
そうです。
空港なんかでも
こう お会いしていても
本当に ペギーさんが
遠くにいらっしゃるだけで
周りが
華やかな雰囲気があるんですよ。
そうでしたよね。
そのペギーさんと…
「おはよう」って
「ご機嫌よろしゅう」って
言われる事がうれしくて。
近くにいるだけで その一日が
楽しかったですね。
そうですよね。
でも 5年前に
急性肺炎だったんですね
急に亡くなって。 でも 今でも
恩人として 感謝して
いらっしゃるんですってね。
はい。 私は もう 本当に
いつでも思っています。
そうですか。
でも 時々
売れるようになってからは
売れなかった頃の
お父様の事を思い出す。
そうですね。
父親は 結局 僕が…。
テレビに あんなに
一生懸命 出してもらったのに
出た事は一回も見ないまま
亡くなってしまいましたので。
あっ そうですか。
歌手になりたいという時も
一番 反対していた人ですから。
そういうものになって
どうするんだみたいな。
だから 学校の先生を
逆に お説教していましたね。
「きちんと普段から教えないから
あんな子が
できちゃうんだ」って言って。
先生も困ったなっていう顔
していましたけども。
でも 売れる前に
亡くなってしまったっていう感じ。
残念でしたよね。
ですね。
今日でも 見ていらしたらね
どんなにいいかね。
まあ 70歳で
結婚なすったんですけども。
いまだに 同居して
いらっしゃらないんですって?
はい。 えっと…。
婚姻届 出してから
それから 言ったんですけど。
ずっと 今 ラジオの番組が…
20年以上
続けさせて頂いているんで。
自分が1人でやってきた
パターンっていうのを…
勝手なんですけど
崩したくないんで。
ほう。
だから 一緒に住んで生活すると
乱れるような気がして
自分自身が。
ですから
すごい身勝手なんですけども
「今までどおりのパターンで
やりますから
それでお願いします」って言って。
そういうのも あんまり
ガーッと怒る人でもないので。
まあ じゃあね 好きなように
やったらどうですかっていう事で。
世間的には
許されない事なんですけど。
せっかく籍入れて 結婚したのに
同居はしていないんですね。
ご飯ぐらいは
一緒に食べているの?
月に2回ぐらいは…。
月に2回?
そうですね。 食事に行って。
そのくらいで。
まあ そんな… 別に
アメリカにいるわけじゃ
ありませんので。
そりゃそうですけど。
朝 おはようとか
そういうね LINEとか
そういう 全て…
メールなんかは
できたりしますので。
別に嫌いなわけじゃないんでね。
フフフフ…。
でも あれですよね。
奥様は それでいいの?
改めて聞いた事はないんですけど
特別に
怒りを表しているような感じも
ないんですよね。
なるほどね。
ただ 心の中で
いつも思っているのは…。
今日 また 変な話なんですけど。
せっかく大先輩の黒柳さんが
いらっしゃるんで…。
私は
このままでいいのかどうか…。
どうしたらいいですかね?
今後の人生を。
それを ちょっと できたら…。
そんな気持ちの合う人って
なかなか 世の中に
いないじゃないですか。
それでもいいって
おっしゃる方がね。
だから やっぱり
一緒にお茶 飲んだりとか
一緒に ご飯 食べたりとか
一緒にテレビなんか見て
いいねなんて
そういう生活が
いいじゃないですか。
はい。
だから 一緒に住んだって
別に 私 問題ないと思いますよ。
ありがたきお言葉です。
自信を持って… これからは
誰になんと言われようと
これで信じていきます。
それがいいと思います。
だから 奥様も
よかったら一緒に暮らして
それで 一緒に色んなお話 して。
面白い事が
あるかもしれないじゃないですか。
そうですよね。
そうですよ。 そんな…。
離れて暮らして
それでいいですなんて。
だから 同居をなすったら
いいと思いますよ。
そうですか。
それで 一緒にお茶飲んだり…。
誰かがいた方がいいです。
そうじゃないの? あなたは。
そう… 今のところは…。
お仕事がね また違った形になれば
きっと なるかと思いますけど。
でも 一緒に暮らしたからって
仕事に差し障りがあるとは
思いませんよ 私は。
でも まあ
あなたのご都合ですからね。
ハハハハ…。
ですけども。
ご意見 伺いました。
ありがとうございます。
それが とってもいいと思います。
やっぱり…
でも やっぱり あなたとしては
歌手を目指していた
がむしゃらの頃が
一番 戻りたい時なんですって?
そうですね。
やっぱり 夢を描いて…。
僕は何か有名人になりたいって…
スターになりたいとか
そういう事じゃなくて
とにかく なんか
有名な人になれたらいいな
みんなが
わかってくれたらいいな
っていうような事ぐらい
でしたから。
だから
その時に輝いていた自分は
思い出しても大好きですね。
ふーん。
だから なんかっていっても
すぐそこに戻れば…
みんなが よく
「思い出が大好きな男だね」って
言うんですけど。
僕は その瞬間が…
すぐ戻れるんです。
うーん。
でも その時は
やっぱり 歌手になって
お名前が みんなに覚えられていて
夏木さんって覚えられて
そして 歌ったりするのがいい?
はい そうですね。
そうでしょ。
でも まあ 奥様と一緒に
お茶 飲んでもいいと思いますよ
私は。
そうですか。
フフフフ…。 どうも。
はい。
ありがとうございました。
『徹子の部屋』は
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